大学生の頃、東京の半蔵門にある国立演芸場に通っていて、今は亡き桂文治(10代目)や春風亭柳橋(7代目)といった名人の落語を目にすることが出来た。笑点に出演していた三遊亭圓楽(5代目)、桂歌丸、座布団の上でやたらと動き回る春風亭昇太、爆笑問題といった面々が出演していた頃である。
10代目桂文治の「間」の話。
さて、
上方落語に6代目の桂文枝がいて、東京には11代目の桂文治がいる。
江戸と上方で何故同じ「桂」派が存在しているのか、ようやく謎がとけた。
Wikipediaによると、
桂文治→元々は上方落語の名跡であるが、3代目以降は東西に分裂し、5代目以降は江戸・東京の落語の名跡に移る。現在は江戸(東京)桂一門の止め名(最高位の名跡)であり、また東西落語界を含めた桂一門の宗家でもある。
桂文枝→上方落語の名跡。桂文治の名跡が東京に移ってからは、事実上、上方桂一門の止め名となっている。
この2人が揃った 「神田伯山TV」。
個人塾の先生で随分以前から
神田松之丞(まつのじょう)の独演会に足を運んでいるという話を聞いていて、当時の私はイマイチ関心を持てなかったのだが、
神田松之丞改め6代目神田伯山(はくざん)がテレビ・ラジオ等でブレイクする遥か以前からその先生が松之丞に目をつけていたとなると、なかなかの先見の明である。
さて、私が講談を初めて生で見たのは神田北陽改め、3代目神田山陽。今は活動休止しているようだが、松之丞が表舞台に出る前は、3代目山陽が講談界の救世主としてテレビ・ラジオでブレイクしていたように思う。そのプレッシャーが重かったのだろうか。
そこで知った、釈台(しゃくだい)を張り扇(はりおうぎ)でバンバン叩くタイミングのこと。叩く回数は句読点の意味があって、1回で「、」2回で「。」の意味がある。
だから講談を聞いていると、どこで「、」「。」の句読点を入れたら文章が活性化されるかを理解できるようになるのだ。


