ずいぶん前のことだが、10代目桂文治の晩年の高座を見た。10代目は2004年に亡くなっているので、恐らくその数年前だ。

出囃子と共に白髪で短髪の文治がヨロヨロと入ってくる。
着座して、今にも死にそうな弱い声でボソボソとマクラの話を始める。客席に届くか届かないかくらいの声で。

客席は「どうした、文治!もうダメか」と心配そうに高座を見つめるが、突然、特徴ある甲高い声で本編に入り始めた。さっきとは打って変わって声量ある強い声だ。

完全にやられた。これが10代目の演出だったのだ。

塾講師とは一種のパフォーマーでもあるので、講義を行う時には声のトーン、スピード、間の取り方を緩急自在に操らなければならない。どうしたら生徒の五臓六腑に染み入るのか、それを考えながら声を使いこなしていくのだ。

ゆっくりばかりでは駄目で、時には急に早口になって、勢いで言葉を押し込んでいかねばならない時もある。例えば大手回転寿司チェーンの店内では、客入りがまばらな時にアップテンポの音楽を掛け、混雑する時にはゆっくり目の曲で場内を和ませるという。それと同じことが声の商売でも必要になるということだ。

このままでは生徒が飽きるだろうな、という時にはワンコそばの「おかわり」のごとく、「ハイッ、ハイッ」と次々にまくしたてる。まくし立ててて押し込んだ言葉を生徒に復唱させて定着させる。急ぎ過ぎて生徒の右の耳から左の耳へ通過しそうな時には、急にスピードを緩めたり同じフレーズを何回も繰り返したりする。

今年の4月にアタック25の司会者がABCのアナウンサーから俳優の谷原章介に交代したのだが、ゆったりとした雰囲気を出しながらも、押すところは押す。声圧の使い方も自在だし、正誤を出す間の取り方も、0コンマ何秒の単位で微妙にちょうどよく視聴者を前のめりにさせる技を持っている。

こんな視点で舞台やテレビを見ていると、なるほどと学べることはたくさんあるのだ。

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kamiojuku