東京農業大学名誉教授であられる小泉武夫先生の連載が読売新聞の朝刊で続いている。
今日はそこから2回分を抜粋してみよう。
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◆「日本の食卓が危ない」
日本人の伝統的な食文化である「和食」が一昨年末、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されました。私も「登録に向けた検討会」の委員としてお役に立てたことを喜んでいます。私が70歳を過ぎてこんなに元気なのも、低脂肪・低カロリーでミネラル豊富な和食を食べ続けてきたおかげだと思います。日本人は2000年にわたって主に七つの食材しか食べてこなかった。まずは「根茎(こんけい)類」。大根やニンジン、芋、ネギなど土の中で育った根や茎です。それから白菜、ほうれん草、小松菜などの「葉菜(ようさい)類」。キュウリやリンゴなどの「青果」も大事。「豆類」では特に大豆が食べられた。「山菜・キノコ」は山の恵み。昆布、ワカメ、ヒジキ、ノリなどの「海藻」。そして主食の米、麦や蕎麦といった「穀類」です。これらはすべて植物です。日本人は世界一のベジタリアンだった。
もちろん手に入った時は肉、魚、卵などの動物性たんぱく質も取りましたが、これがなくても和食は成立する。たんぱく質不足だったと思うかもしれませんが、味噌や豆腐、納豆を食べて大豆のたんぱく質をたくさん摂取していました。でも私は今、日本の食卓に危機感を抱いています。和食の基本はご飯、味噌汁、香(こう)の物や煮物といった「一汁三菜」ですが、こうしたバランスのよい和食を食べる人が減っています。健康、ダイエットにいいと和食が外国人から注目されている一方で、日本人の肉、油の消費量はこの40~50年で3、4倍に増え、高脂肪・高カロリーの食生活に変わった。草食のウサギが肉ばかり食べたら、病気になってしまうのではないでしょうか。中国、韓国、ロシア極東、東南アジアなど世界中の食文化を調査してきましたが、1、2世代でこれほど食生活を急激に変化させた国はありません。伝統の食だから守れと感情論を言っているのではありません。栄養学的にみてバランスのとれた健康食、長寿食だということをもっと日本人に知ってほしいのです。
ある調査で子ども達に好きな学校給食を聞いたら、鶏のから揚げ、ハンバーグ、ライスカレー、ギョーザなどが上位にきた。回転ずし、特にサーモンというのが唯一の「和食」だったというんです。食育の大事さが注目されていますが、食育すべき相手は子どもではなく、お母さんやお父さん、つまり大人なのだと思います。共働き家庭などでは大変だとは思いますが、子どもにとっては生涯を決定付ける大きな問題。和食のおいしさを知る前に、油の多い食べ物に舌がなじんでしまうのは残念なことです。
※平成27年3月21日(土)読売新聞・朝刊「時代の証言者・小泉武夫(3)」より
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◆「納豆食べて『鋼の胃袋』に」
体は小さいが、驚くべき力を持っている微生物。私の大好物を作ってくれる納豆菌のすごい仕事ぶりを見てみましょう。私は1日2パックは食べるほどの納豆好き。若い人にはあの臭い、ネバネバが苦手という人がいるようですが、納豆はとても優れた健康食品なのです。
大豆はたんぱく質を豊富に含んでいます。牛肉のたんぱく質は約18%ですがこれに匹敵する。大豆を「畑の牛肉」と言うのは本当に正しい例えです。納豆菌は納豆1グラム中に50億個もいるといわれています。地球の全人口が70億人ですから大変な数です。この納豆菌がその小さな体の中で、血栓を予防する働きがある酵素ナットウキナーゼや、血圧の上昇を抑える働きのある酵素などを生産しているのです。古文書(こもんじょ)などを調べると、ごはんに納豆をかけて食べるようになったのは江戸時代末からで、それまでは味噌汁の中に入れて食べていた。納豆汁です。味噌は大豆から作る発酵調味料で、さらに納豆汁の具は豆腐が多いですから、納豆汁はまさに「大豆3兄弟」そろい踏みの栄養食でした。
納豆を食べるのは日本人だけではありません。納豆菌は稲わらに普通に存在する微生物なので、メコン川流域など世界中の稲作地帯には、日本と同じネバネバの納豆があります。1990年ころから約15年間は毎夏、この流域を訪れましたが、中国・雲南省でもカンボジア、ミャンマー、ラオスでも納豆は油で炒めて食べてました。日本人は納豆を加熱せずに食べる珍しい民族なのです。
ここで納豆に生命の危機を救われた経験を話しておきましょう。2001年8月、カンボジアの高地クメール族の調査に入った時のこと。貧しいなか村民が歓迎会を開いてくれて、豚の肝臓の熟鮓(なれずし)が大皿で出たのです。「大丈夫かな」と思ったけど、せっかくなので遠慮せず食べたのです。そしたら翌日から、私を除く調査隊6人全員が猛烈なゲーリークーパーに襲われ、抗生物質を飲んだものの2日間、七転八倒の苦しみを味わった。現地通訳ですら倒れたのに私だけ大丈夫だったのは、海外調査に必ず携行(けいこう)していた乾燥納豆のおかげでした。納豆菌は、腐敗菌やO157などの病原菌に猛烈に強い。大学の研究室のシャーレの中で対決させたことがあるのですが、納豆菌は悪い菌をまったく寄せ付けなかった。このゲリラ戦以来、私は「鋼(はがね)の胃袋」と呼ばれるようになりました。
※平成27年3月19日(木)読売新聞・朝刊「時代の証言者・小泉武夫(2)」より
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以上が小泉先生の連載の一部である。
私の祖父は明治生まれで、祖父が子供の頃は江戸時代の名残で頭にちょんまげを付けた大人がまだ歩いていたと話していたことがあった。その祖父も96歳まで生きたのだが、生前は毎朝ヨーグルトにハチミツをかけ、パンは牛乳に浸しながら食べていた。デザートは必ずバナナ。昼食・夕食は肉も魚も何でも食べる。果物も好物だったので、桃でもミカン類でも季節のフルーツは食後にも間食にも口にする。そして寝る前には養命酒を一杯飲んで寝床につく。
長生きする人間というのは、長生きするための食事を自然と欲しがるものなのだなあとつくづく思ったものだが、私自身も食事は特に気をつけるようにしている。スナック菓子は一切食べないし、インスタントラーメンの類も極力口にしない。食品添加物をできる限り摂取しないようにして、スーパーで惣菜・弁当を買うときは原料表示を見てから買う。コンビニで食品を買う時はセブンイレブンでしか買わない(コンビニ他社に比べてセブンイレブンの惣菜類は比較的安心して買えると私は勝手に思い込んでいる)。近年使われることが多い人工甘味料を摂りすぎるとバカになる(?)という話を聞いたことがあるので、出来る限り摂取しない。また、毎食野菜や果物(酵素)を摂らないと何となく気が済まない。
上記はあくまで私の主観に過ぎないが、まぎれもなく私の行動の基準になっている。私の場合は自分が倒れて誰かに代わってもらえるような仕事でもないので、健康管理には気をつけるようにしているのだが、具体的にはやはり「食事」ということになる。かつてはこの春の時期といえば花粉症に苦しんでいたのだが、食事を気にするようになってから、何となく花粉症が軽くなっているような気がする。あくまで「気分」の問題かもしれないが、鼻が完全に詰まった、というようなこともこの数年一度も起きていない。
生徒を見ていると、近年は食事を充分に摂っていない者も少なからずいる。「昨日の夕食は何食べたの?」「そうめんです」「そうなんだ。おかずは?」「いや、そうめんだけです」「えっ?」以前にはこんな生徒もいた。去年では連日白米と納豆しか食べていなかったという生徒も現れた。
部活後でもないのに水分をいつも多量に飲んでいる生徒もいたりする。よほど喉が渇いているのだろうな、と。塩分の摂りすぎか、それとも糖尿病予備軍のようになっているのか。
先ほどの「そうめん」の生徒になると、母親の家事放棄的なものも見受けられることになるが、家庭が機能していないと自動的に子供の栄養バランスもどんどん悪くなる。家庭が機能していても、近年は食事を家で作るよりも外食産業に頼る場面が少なくない。それはそれで時代の流れで仕方のない面もあるとは思うが、自宅であれ外食であれ、小泉武夫先生の指摘されるバランスの取れた食生活を心がけたいものである。