言志四録(一)言志録より

「言志四録(げんししろく)」は佐藤一斎(いっさい)が記した随想録。西郷南州は「言志四録」を愛誦し、座右の戒めとしている。

◎言志四録(4書・1133条)の内容と執筆年齢
言 志 録(246条)=42歳~53歳、言志後録(255条)=57歳~67歳
言志晩録(292条)=67歳~78歳、言志耋録(340条)=80歳~82歳

◎佐藤一斎について
安永元年(1772)生まれ。寛政5年(1793)昌平坂学問所に入門、文化2年(1805)には塾長に就き、多くの門弟の指導に当たった。儒学者として認められ、天保12年(1841)昌平黌の総長。門下生は3,000人と言われ、佐久間象山、渡辺崋山、横井小楠など、幕末に活躍した英才を輩出している(勝海舟、坂本竜馬、吉田松陰などの志士は佐久間象山の門下)。安政6年(1859)88歳で死去。(参考:wikipedia)
※西郷南州は佐藤一斎が55歳の時に生まれている。

—(抜粋ここから)

【3】天に事(つか)うる心
およそ事を作(な)すには、すべからく天に事(つか)うるの心有るを要すべし。人に示すの念有るを要せず。

(訳)すべて事業をするには、天(神または仏)に仕える心をもつことが必要である。人に示す気持があってはいけない。
(付記)南州遺訓の中に『人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽して人をとがめず、我が誠の足らざるを尋ぬべし』とあるのは、あるいはこの言葉からヒントを得たのではなかろうか。「天に事うる」というのを「天を相手にする」といったところは一層わかり易いと思う。人にはわからないということでも、天の神さまあるいは仏さまはちゃんと見ておられるのだということは、すべての宗教の精髄(せいずい)である。

【6】学は立志より要なるはなし
学は立志より要なるは莫(な)し。而(しこう)して立志もまたこれを強(し)うるにあらず。ただ本心の好む所に従うのみ。

(訳)学問をするには、目標を立てて、心を振い立てることより肝要なことはない。しかし、心を振い立たせることも外から強制すべきものではない。ただ、己の本心の好みに従うばかりである。
(付記)物事を成就するには、立志だけでは駄目である。まず志を立てる。これは発心(ほっしん)である。次は実行に踏み出す。これは決心である。これだけではまだ駄目で、これを成功するまで継続しなければならない。これを持続心という。

【10】自ら省察(せいさつ)すべし
人はすべからく自ら省察すべし。「天何の故にか我が身を生(うみ)出(いだ)し、我れをして果して何の用にか供せしむる。我れ既に天の物なれば、必ず天の役あり。天の役共(きょう)せずんば、天の咎(とが)必ず至らむ。」省察してここに到ればすなわち我が身の荀(いやし)くも生くべからざるを知らむ。

(訳)人間はだれでも、次の事を反省し考察してみる必要がある。「天はなぜ自分をこの世に生み出し、何の用をさせようとするのか。自分は天(神)の物であるから、必ず天職がある。この天職を果たさなければ、天罰を必ずうける」と。ここまで反省、考察してくると、自分はただうかうかとこの世に生きているだけではすまされないことがわかる。

【13】読書は手段
学を為す。故に書を読む。

(訳)我々は学問をして、実生活や精神の修養に役立てようとするものである。書を読むのは、あくまで参考にするものである。
(付記)学をなすのが目的で、読書は手段であることを教えたものである。

【26】慮事と処事
事を慮(おもんばか)るは周詳(しゅうしょう)ならんことを欲し、事を処するは易簡(いかん)ならんことを欲す。

(訳)物事を考える場合は周到綿密なることが必要だ。一たん考えがきまったからは、これを行うには、手軽に片付けることが必要だ。

【27】大志(だいし)と遠慮
真に大志有る者は、よく小物(しょうぶつ)を勤め、真に遠慮有る者は、細事(さいじ)を忽(ゆるがせ)にせず。

(訳)真に大志ある者は、小さな事柄をも粗末にしないで勤めはげみ、真に遠大な考えをもっている者は、些細(ささい)な事をもゆるがせにしない。

—(抜粋ここまで)

出典『言志四録(一)言志録』 川上正光全訳注、講談社学術文庫
※川上正光先生は東京工業大学などの学長を歴任された、なんと電気工学者!(1912-1996)

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kamiojuku