アメリカのスーパーエリート教育

国際弁護士の石角完爾(いしずみ・かんじ)先生による、アメリカのボーディングスクール(全寮制学校)についてまとめられた本。

エリート教育だけでなく、LDなどの発達障害を抱えた子も天からの賜り物ということで、その特徴を引き出せる「プルアップ教育」がアメリカでは充実していると述べている。その反面、日本では画一的に全体を底上げする「ボトムアップ教育」しか存在しておらず、生かすべき子供も生かされていないのが日本の現状だと指摘している。

一部分を抜粋してみよう。

◎天才児は何万人に一人の割合で必ず生まれてくる。その才能の芽を摘むことなく伸ばしてやらなければならない。ボトムアップ教育しかない日本は、天才児は「出る杭は打つ」でつぶしてしまう。というのも、ボトムアップ教育では「すべてに平均的に」できる生徒を「優秀」とするからである。天才児は一つの分野で突出した能力を発揮するが、ほかの科目は平均に遠く及ばないという傾向があるので、日本では「劣等生」か「引きこもり」として扱われてしまう。アメリカはプルアップ教育があるから、天才児も「出る杭は伸ばす」で能力を発揮できるのである。

◎ボーディングスクールでは学期の始まる9月から学期の終わる6月までは両親と消費文明から隔絶される。人間とは弱いもので消費文明に汚染されると想像力と独創性がなくなる。身体と精神と頭脳を鍛えるにはハングリーな状態に置くのが一番である。

◎ウィリストン・ノーザンプトン・スクールのデニス・グラブズ校長の話
「当校の教育の目的は生徒一人ひとりがほかの生徒とは違うのだということを認識してもらうことにある。学校教育の一番重要な目的の一つは、生徒一人ひとりが自分自身のユニークネス(独自性)を見つけることを助けることにある。」

◎学習障害児(LD)のためのボーディングスクール~LDは特異な才能を持った子供
日本では、「落ちこぼれ」か「問題児」と言う。しかしアメリカでは「LD(学習障害児)=普通の授業方法では本来の能力を発揮できない子供のこと」であると考えられ、普通の授業方法ではない特別のプログラムを用意している。たとえぱ一つのことに5分以上集中できないADD(注意欠陥障害)の子供や、落ち着きがなく衝動的なADHD(注意欠陥多動性障害)の子供などである。

アインシュタインも小学校では落ちこぼれだったという。歴史に名を残したヨーロッパの芸術家も、少年期は今で言うLDであった者が多い。要するに特異な分野に偏って才能が発達している生徒、つまり偏頗(へんぱ)的発育児は平均的な生徒を基準にすると、すべてLDということになる。しかし、そのような生徒こそ特異な分野で大変能力や独創性を発揮し、科学、文化、芸術などの発展に貢献する可能性を秘めているダイヤモンドの原石かもしれない。

アメリカではLDの子供たちは特異な才能を持った子供として大切に扱われ、専門に受けいれるボーディングスクールが数多くある。この点で日本はアメリカより50年遅れている。よく考えてみれぱ、平均的に何でもできる子供(日本ではそれが優秀児とされ、「オールA」と称して評価されるが、平均的というのは、一つとして「抜群なものがない」ということでもある)ばかりでは、人類の歴史は発展しなかったであろう。LDの子供の場合、その可能性を引き出すためには、専門家がほとんどマン・ツー・マンで指導に当たるなど、特別の教育環境が必要となる。

これらの学校では、そういう生徒たちは「精神的に傷つきやすく、知能レベルは十分高いにもかかわらず、授業を受けるうえで、あるいは学校生活において諸種の問題を抱えている子供」と定義している。こういった子供が、将来大学に入学を認められ、社会で活躍できる人間に成長していくためには、心理学的、教育学的に個別に分析、診察およびコンサルティングを行い、その結果に基づいて一人ひとりの症状に応じて用意される、高度に注意深く構築された積極的な指導プログラムが必要であるといわれている。これらLDのためのボーディングスクールから、ほぼ全員が普通の大学に進学していくのである。

LDの治療は早期発見、早期治療が原則とされている。グレンホルム・スクールでは5歳くらいから受け入れており、最年長は15歳前後である。治療機関は短い生徒で3ヶ月、長い生徒で1年を超える場合もある。この学校では積極的な動機付けを重要な心理療法の柱とし、治療行為そのものは精神科医、心理学者、セラピストで構成されるチームによって、一人ひとりの生徒の症状に合わせて行われる。1対1のセラピーや、生活場面面接などを行い、そのほかに怒りをコントロールする方法や対人関係をうまく築く方法、さらに何らかの問題に直面した場合にそれを解決する方法、性的な問題、思春期特有の情緒不安定に起因するさまざまな問題への対処法を教えていく。セラピーと並行して通常の授業も行われるが、グレード(成績)をつけないことが多い。それはこの種の学校としては当然の配慮であろう。

アメリカではLDの子供を持つ親はまったく心配する必要はない、教育界が現在最も力を入れている分野がLDの治療的教育であるからである。こういったアメリカのLDに関する専門的な治療を受ければ立派に社会適応していけるのである。要は普通の子供とは勉強のスタイルが遵うだけである。ただ、その特異なスタイルに合わせた特別な治療的教育が必要となり、そのための教育環境に入れてやれば十分に社会に適応していけるということである。ボトムアップ教育では対応できない分野である。

ジョージア州アトランタにあるブランドンホール・スクールの学校紹介には、学習障害、注意欠陥障害、読字障害、意欲欠如といった特異な学習態様を持つ生徒が我々の得意とするところであると書かれている。この学校では、ほぼ1対1の教育環境を用意し、個別プログラムにより、健全かつ継続的な学習態度を身に付けさせ、最終的にはアメリカの各大学に100%合格させることを目標としている。

アメリカではLD全体について、精神科医、教育コンサルタント、学校・社会全体が極めて積極的に取り組んでいる。日本では、アメリカのような取り組みはまったくなされていないと聞く。個性、独創性という宝の山を、問題児として切り捨て葬り去っている。重大なる杜会的損失ではないか。ボトムアップ教育しかない社会の限界である。毎年3万人もの自殺者を出す日本杜会(物差しが一つしかないワン・スケール・ソサイエティ。一つの物差しで短絡的に勝ち組と負け組を判定し、一生消えない烙印を押してしまう)の特異性と共通の根を持つ問題である。

◎授業とホームワークは一体になっている
月曜日から土曜日まで学問系の学科の間に空欄のピリオドがある。このピリオドは、デイタイム・スタディホール(強制的自習時間、必ず机に向かって座っていなければならない)、社会奉仕、特別補習(授業についていけない生徒のためのもの)およびスポーツ系の科目に充てる。学問系の科目については、ホームワークは授業の延長として必ず課される。つまり授業+ホームワークが一体になっている。決して授業のみで終わりということはない。1日3-4時間のホームワークが必ず課されることになる。

◎分厚い教科書
ボーディングスクールで使われる教科書は日本の教科書とは大違いである。どう違うかというと、まずその中に盛られている情報量の多さ。日本の教科書を1とするとアメリカのそれは10に匹敵する。たとえば生物の教科書だが、サイズはA4よりやや大きく、千ぺージを超える。分厚い電話帳一冊分と考えてもらえれぱほぼその分量がわかる。文字は小さく、カラー写真や図表がふんだんに取り入れられている。こうなるともはや生物学事典という様相を呈している。

日本の読者には、「こんなに分厚い事典のような教科書を使ってとても一年で終わるわけがない。かえって日本のように薄くてコンパクトにまとまった教科書のほうが全体をカバーするのに適切ではないか」と反論する方もいるかもしれないが、ボーディングスクールの教科書はあくまでも生徒の興味と理解を深めるための補助教材と位置づけられている。授業中はむしろディスカッション、問答方式で思考を深めることに向けられ、ホームワークの時間に指定された大量のぺージを読んでくることになる。したがって千ページぐらいの教科書は何ら問題にならないどころか、むしろ読み物として興味をかき立て、学問的な探究心がわいてくる。

物理の教科書も分厚く、理解を助けるために懇切丁寧なグラフ、図および説明がビッシリと加えられている。筆者が思うに、日本のように、ほぼ結論だけが簡潔に書かれている薄い教科書では、生徒がそれを読んでも学問的興味や知的好奇心を刺激するに足らず、ましてや物事を深く考えたり、専門的な知識を吸収するにはまったく不向きではなかろうか。アメリカのボーディングスクールの教科書は授業外の自習時間にかなり大量のページを読むことを前提としてつくられたものであるから、このように詳しく、図入り、写真入り、絵入りで解説された事典のようなものになっているのであろう。ボーディングスクールのキャンパスに行くと、まるで一週間の登山にでも行くようなリュックサックを背負った生徒があえぎあえぎ歩き回っているのをよく見かける。その中にはこのように分厚い教科書が3-4冊と入っているのである。

◎携帯電話は所持自体キャンパス内では完全不許可となっているところが多い。電話をかけるときには必ず各自の机に備え付けの電話を使わなくてはならない。料金計算のため通話記録をコンピュータですべてチェックする必要があるからである。電話交換機およびインターネットは、消灯時間以降はシャットアウトされる。

出典:「アメリカのスーパーエリート教育」石角完爾・著(ジャパンタイムズ)

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kamiojuku