大人の発達障害

■大人の発達障害(上)社会に出て困難に直面
2012年10月3日 読売新聞 http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/

脳機能の障害とされる発達障害の診断を受けないまま社会に出たり、大人になって障害が分かったりして、困難に直面している人が増えている。背景には、障害の「見えにくさ」や周囲の理解不足が指摘されている。当事者の体験に耳を傾け、支援の在り方について考える。

~性格、努力不足と思われ~
学習障害の男性の相談に乗る栃木県若年者支援機構の中野さん。「長い目で支援を続けていくことが大切」(宇都宮市で)

「職場ではいつもどなられ、つらい日々でした。学習障害(LD)と分かった時は、逆にホッとした」。宇都宮市の男性(47)はそう話す。LDの診断を受けたのは41歳。うつ病で受診した病院で初めてLDという言葉を知った。

「学校の勉強は全然できなかった。のんびりした時代だったから、やり過ごせたのかもしれません」。高校卒業後に就職、公園などの保守をする部署に配属された。しかし業務を指示する文書を手渡されても内容が理解できない。「やる気があるのか」「自分で考えろ」。叱責される度に頭の中が真っ白になった。

男性は現在休職中で、栃木県若年者支援機構が運営する発達障害者向け学習支援塾で勉強し直している。読み書きは小学5年生、算数は九九の段階。塾長の中野謙作さんは「彼は会話もスムーズで、一見、障害は分からない。仕事の失敗を性格の問題にされてきたのです」と話す。

大人の発達障害の診療を続けている「ランディック日本橋クリニック」(東京)院長の林寧哲やすあきさんは「発達障害は、知的な遅れを伴わないケースも多い上、障害の軽重や表れ方に個人差がある。気付かぬままに幼児期や思春期を大過なく過ごす例も多い。周囲も、本人の性格や努力不足ととらえがち」と指摘する。

例えば「自閉症スペクトラム障害」の中には、「場の空気を読む」といったコミュニケーション能力などに障害を抱えているが、知的障害も言語発達の遅れもない人がいる。職場などで「身勝手」といった人物評に陥りがちだ。

厚生労働省のまとめでは、全国の発達障害者支援センターに相談にきた19歳以上は2010年度に1万8619人。05年度の2932人から大幅に増えた。同省発達障害対策専門官の小林真理子さんは「職場の評価や処遇が厳しくなる傾向があり、その環境にさらされ続けた結果、『自分は発達障害かもしれない』と思い至る人が増えているのでは」と話す。うつ病などの診療で、発達障害が判明する例も多くなっている。

アスペルガー症候群の当事者として講演活動を続ける高森明さん(37)は、26歳の時に診断を受けた。自らを「『健常』と『障害』のはざまを漂流している存在」と表現する。

臨機応変な行動に難があり、大学時代のアルバイトでは口頭での指示に対応できず苦しんだ。大学院修了後に就いた仕事では、上司の交代や労働条件の変更に適応できず、体調を崩して退職した。

発達障害は、発達に凹凸がある障害で、優秀と評価される人も多い。一方、専門家への相談や受診、職場などの配慮が必要なケースもある。

「まずは、私のような発達障害者が大勢いることを社会全体に知ってもらいたい」と高森さんは話す。

■大人の発達障害(中)「イイトコ」褒め合い自信に
2012年10月4日 読売新聞 http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/

~当事者会で会話力アップ~
「イイトコサガシ」での会話のルールを説明する冠地さん(左)。発達障害以外の人も参加でき、明るく楽しい雰囲気を大切にしている(東京都豊島区で)

「青春時代って何歳から何歳までだと思います?」「私は中高生ぐらいをイメージしますね」「そうそう。文化祭で盛り上がったり――」

向き合って座る2人がにこやかに話している。今月中旬、発達障害の当事者で作る会「イイトコサガシ」が東京都内で開いた集まり。コミュニケーション能力を高めようと、主に20~30歳代の発達障害者ら12人が参加した。直前に「青春」というテーマを与えられ、会話する。「興味がない」「知らない」は禁句だ。

5分間の会話が終わると、見ていた他の参加者が、「うまい具合に次の会話を引きだしていた」「身ぶり手ぶりを交えた話し方が伝わりやすかった」などと良かった点を探して次々と褒めていく。批判やアドバイスはしない。

「発達障害の人は自分のことばかり一方的にしゃべるなどして失敗しがちです」と、主宰者の冠地情かんちじょうさん。アスペルガー症候群と注意欠陥・多動性障害の当事者だ。集まりは、これまでの生活で叱られたり注意されたりして失った「自己肯定感」を取り戻す狙いもある。「楽しく会話のスキルを身につけ、自信をつけてほしい」と冠地さん。

同会の活動にアドバイザーとしてかかわる臨床心理士の南和行さんは「同じ立場の人が安心して参加し、発言できるのが当事者会のメリット。リラックスした雰囲気だから効果も高まる」と話す。

同会は2009年に発足、こうした集まりを約280回開いてきた。ユニークなのは発達障害以外の人でも参加できる点。コミュニケーション不足は社会全体の課題で、障害の有無を超えて、お互いの接し方を考える機会にしたいという思いからだ。

発達障害の当事者会は各地で増えている。形態は様々で仲間同士の「居場所」としての機能を重視しているケースや、講演会などを企画して啓発に力を入れている団体もある。

発達障害者の就労支援活動をする「Necco(ネッコ)」(東京都新宿区)が月2回開いている「当事者研究会」は、「自分をどう表現するか」をテーマに据える。

会を主宰する綾屋紗月さんを進行役に「部屋の片付け」「恋愛」「自分一人の時間と空間」などについて自分の状況を説明したり考えを表明したりする。あらかじめ発表者を決めている場合も参加者がランダムに話す場合もある。

アスペルガー症候群の綾屋さんは「コミュニケーションの行き違いで、不利な立場に置かれるのは発達障害者の側。障害の特性も含め自分を『研究』し、説明できるようになれば、もっと生きやすくなるのではないか」と語る。

当事者会のネットワーク作りを模索する動きもある。「熊本県発達障害当事者会Little bit」は福岡県や宮崎県の団体と月1回、交流会を開催。東京を拠点とする「イイトコサガシ」や北海道の団体とも交流している。

同会顧問で精神保健福祉士の山田裕一さんは「多様な目的や意義を持つ当事者会がつながり、1人が複数の団体を行き来できるのが理想。しかし、現実は会場の確保にも苦労しており、行政などの支援がさらに必要だ」と話す。

■大人の発達障害(下)特性生かして就労へ
2012年10月5日 読売新聞 http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/

~訓練で強み・弱みに気づく~
「東京海上ビジネスサポート」では、発達障害をもつ社員が、指導員とともにパソコンを使った作業にあたる(東京都千代田区で)

横浜市のビルの一室。20代の男女が集まり、パソコンを使った職業訓練を受けている。発達障害者の特性を生かした就労を後押しする民間会社「Kaien(カイエン)」が、同市などから受託したモデル事業の一幕だ。

訓練では、インターネット上に古着店を出店。受講生は、上司役のスタッフから指示や助言を受けながら商品の検品や代金の管理などを行う。対象は、発達障害の「可能性」のある人まで広げている。

同社は2009年に設立。東京都内で発達障害者向けに、パソコン入力やプログラミング、面談などの訓練を行い、就職先探しも手がける。これまでに訓練生の約8割にあたる66人が就職し、職場定着率は9割以上という。

発達障害者には、集中力が高く、数字や文字情報に強い人も多い。その特性を生かし、ウェブサイトのデザインや、ネット掲載情報のチェックなど、IT系の仕事に多く就いている。「訓練を通じ自分の強みや弱みに気づいてもらったうえで、どんな仕事を選ぶか考えていきます」と社長の鈴木慶太さんは話す。

3月から受講している男性(25)は、大学時代に広汎性発達障害と診断された。「計算が得意なので経理部門などが希望。簿記などの資格も取得したい」と意欲をみせる。

一方、民間企業が、障害者雇用のために設立した「特例子会社」が、発達障害者を受け入れる動きもある。

東京海上グループの特例子会社、東京海上ビジネスサポートでは、障害を持つ社員82人のうち、発達障害かそうした特徴のある人が過半数を占める。パソコンで顧客アンケートなどをデータ化し分類するなどの作業を主に行う。

指導員の内藤恵子さんは「口頭では指示が十分に伝わらない場合もあり、文書で示して理解しやすくしています」と話す。入力作業の早さは予想以上という。

発達障害者が力を発揮するには周囲の配慮が欠かせない。札幌市は、広汎性発達障害に対して職場で配慮すべきポイントをまとめた冊子を2010年に作成、事業所に配布している。「適当な指示ではなく見本をみせる」「手順をはっきり説明する」「仕事の種類を一つに絞る」といった8項目をイラストで説明する。

同市でオーダーカーテンの製造販売をする「リビングサプライ」には発達障害の従業員が1人いる。同僚は、冊子で「一人でいるほうが緊張から解放され疲れがとれることがある」という項目を読んでから、昼食などに無理に誘わないようにした。「誘われて苦痛に感じる時もあったと後で明かされた。知っておくべきことが多いと痛感した」と社長の奈須野益ゆたかさんは話す。

発達障害者の就労は依然として厳しい。発達障害に理解のある職場は少なく、診断を明かさずに就職活動している人も多い。企業が法律で義務づけられている障害者雇用には障害者手帳を持っていることが条件だが、知的障害がなく二次的な精神障害も軽微だと判断されれば取得できない。

川崎医療福祉大特任教授の佐々木正美さんは「発達障害の特性を理解した上で仕事をしてもらえば、彼らはすばらしい能力を発揮する。それを生かせないのは、大きな損失であることに社会全体が気づくべきだ」と指摘する。(赤池泰斗、田中左千夫)

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