ラジオ

私は子供の頃からラジオが好きで、中学生の頃は学校と塾にいる以外は四六時中ラジオを聴いていたと思う。AMもFMも気分に合わせて何でも聞いていた。ちなみに中学2年には当時まだ始まったばかりの「NHKラジオ深夜便」を聴いて夜更かししていた。私の年齢で三木鶏郎とか笠置シヅ子とか知っている人間は稀少だろう。

ラジオを聴くことによって、知的好奇心は大いに刺激されたと思う。AMであればトーク中心であるから良くも悪くも雑学が耳に残っていくし、FMを聴けば古今東西の音楽をそれなりに知ることになる。文化放送であれJ-WAVEであれ、聴くときはそればかりずっと聴いていた。今でも地方へ行った時にご当地番組やご当地ソングみたいなものを聞くのが好きだったりする。

最近は昔よりは聴く時間は短くなったが、永六輔の番組は出来るだけ聴いている。年寄り臭いと思うかもしれないが、幅広く人の話を聞くのがやはりタメになるのである。昨年は震災の後しばらくインターネットラジオ「radiko」のエリア制限が解除され、大阪の浜村淳の番組を毎日聴いていた。私がiPhoneを買ったのは、実は浜村淳を聞くためと言って過言でなかったりする。

小沢昭一にしても、毒蝮三太夫、浜村淳にしても「名人芸」であるが、そういう独特のクセのある話術をもった語り手が、次の世代にあまり見られないことが気掛かりである。彼らは70歳代後半であり、先は決して長くない。今の内に、大ベテランの話術をリアルタイムで聞いておくべきである。

そんな中、深夜であるが伊集院光の生放送をこの頃再び聞くようになった。以前はさほど魅力を感じなかったのだが、久しぶりに聞いてみると「名人芸」に入りつつある。彼の話法はほとんど落語といっていいだろう。実際落語出身ではあるが。

ラジオを聴くことで、知識や話の間の取り方など実利も得られるが、何よりも世代が縦につながると思う。自分たちの世代のことしか関心がないのは、私が思うに「つまらない」と思う。これは幼い頃からの家庭環境、家族の趣味の問題もあるだろうが、ラジオは知的好奇心の種を育むには最高のツールであると断言しておこう。

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kamiojuku