「練習しなさい」「分かりました、練習しました」「じゃあテストする」「全然出来ていないじゃないか」
こういうケースは実に多い。これは、その生徒が「練習」の意味を理解していないことが原因。練習とは、ノートに何度も書くこと、ワークを解いて先に進むこと。小中学生であれば、この程度の理解にとどまっていることが多い。伸びない原因はここにある。
私でさえ、「練習」の本当の意味を悟ったのは高校2年のときだ。
当時物理がチンプンカンプンで、テストで0点を取ってしまった。(正確にいうと、答案用紙に問題文を一字一句残らず60分かけて全部書き写したので、先生がその努力を買って?10点をお情けで付けて下さった)
さすがに「これはいけない」と奮起をして、次のテストでは80点台に回復させた。そこで悟ったことが「練習とは、テストで解けるようになること」であった。
ノートに何度も書いて、時間や量をこなしたとしても、いざテストで問題が解けなければ何も練習していないのと同じだ。社会は結果で評価されるものだから、結果が出ていなかったら、何もせず遊んでいたことに等しい。
「テストは点取りゲームである」ということも同時に悟った。それからの勉強法は、問題集を解いたら一発で解けた問題番号に「×」、解けなかった問題番号に「○」をつける。次の日、「○」のついた問題を解いてみる。3日後、5日後に同じ問題を解いてみる。毎回必ず解けるようになっていたら、本番のテストでも必ず解けるということだ。
また、数学などスムーズに解けなかったものはその場で同じ問題を何度も繰り返して練習する。ここでいう練習とは、一回解いたらそれを隠して二回目、隠して三回目と、必ず書いたものを隠して新しく解きなおすということだ。でなければ、前に書いた答案が視界に入るとそれを思わず見てしまうから、見てしまったらただの書き写しにしかならない。自分にとっては何もメリットも生まれない。
このように、テストで解けるための練習。テストで点が稼げる練習。これこそが本当の「練習」というものである。テストのための練習になっているか、練習のための練習にしかなっていないのか、ここを見極める目的意識に到達していれば、成績は自動的に上がってくる。何度も言おう。練習とは、自力でその問題がいつでも解けるか?自分の頭の中に入っているか?これを自覚することだ。