橋本左内を読んで

作文講座αの2,3日目のテーマは安政の大獄で絶命した橋本左内の文章から。(課題文は塾通信の過去記事を使用)
http://kj-log.cocolog-nifty.com/kamiojuku/2014/10/post-1fe3.html

2日目は橋本左内が満14歳で書いた「啓発録」の中から「志を立つ」を、3日目は24歳の時に書いた「学問とは」を読んだ。生徒の感想文を紹介しよう。


『学問の奥深さ』 (N・M 中3女子)

橋本左内先生が、『志を立つ』を書かれたのが十四歳でしたが、二十四歳のときに書かれた『学問とは』について感じたことを書きたいと思います。まず、「学問とは、人として踏み行うべき正しい筋道を修行することであって、技能に習熟するだけのものでは、決してない。」この文を読んで私は、父からずっと言われていたことと同じだったので、やっぱりそうなんだって改めて思いました。あと友達から「数学の証明なんて将来使わないから必要ない」と聞くことがありますが、本文を読んで学問とは、高校や大学に進学するためにやっているような小さな世界ではないということを改めて知ることができました。

来年は受験で、高校に進学するための勉強みたいですが、これは人として生きていく中の過程として考え、受験勉強を意味のある物としていきたいです。

これで400字詰め原稿用紙1枚分。

「学問とは」を要領よくまとめながら、後半の「高校に進学するための勉強みたいですが」というような、一歩引いた(冷めた?)視点を同時に持っているのがN・Mさんのユニークさでもあるだろう。たった4日間だったが、初日の当たり障りのない無難かつ深みの無かった文章が日に日に味わいを出すようになっていった、その過程を添削しながら感じていくのは興味深いことであった。

最終日の4日目は、SBIホールディングスCEOの北尾吉孝氏が2015年8月6日に書かれた「何のために生まれてきたのか」についてその場で感想文を書く。
http://www.sbi-com.jp/kitao_diary/archives/2015080610237.html


『何かに挑戦することの大切さ』 (H・K 中3男子)

私は何かに挑戦することの意味を新たに理解しました。私は失敗することが多くテストの点数や順位が悪いと悲しいですが常に学習に毎日取り組みそれで努力をしていれば私は満足だと思っています。何かに挑戦することは自分を磨くことや鍛えることだと考えています。特に私がすごく良いと思った文が「何かにチャレンジして初めて、何のために生まれてきたかが段々と分かってきます。」と書いてある文は何かに挑戦することは間違いではないと思い、努力する大切さが伝わってきていると思いました。ここで「何のために生まれてきたのか」がよく理解できたと思います。

この文では生きる目的と挑戦することの大切さがわかりました。正しい人間こそ社会で果たすべき役割があると私も感じ自ら果たすことができる努力を、これからも継続し自分を大切にずっと元気で生きていきたいです。

こちらも原文のまま。先のN・Mさんの作文もそうだが、添削の手を1回入れたのみで、ここまでの内容に書き上げたのだからH・K君も大したものである。「正しい人間こそ社会で果たすべき役割がある」・・・これは真理のようなもので、世の中をまっすぐに見つめるH・K君の素直な目が右腕にこう書かせたのだろう。慧眼(けいがん=物事の本質を見抜く力)である。それだけに自身を深く追い詰め過ぎないようにね、という心配も私としてはしてしまうのだが。

神尾塾のスタンスとして、どのような学年、どのような状況の生徒であれ、上にも下にも見ることなく子供扱いをすることもなく、常に対等な目線で一人ひとりの生徒を見るようにしている。今回作文講座で、頬を強打するような真実の文章を生徒に突きつけ、そこで生徒の魂を揺さぶり、考え方を一段生徒それぞれに深化させてもらいたい、ということを意図している。