生活体験を増やせ

私の世代はギリギリ、お使いで豆腐屋に鍋を持って買いに行った世代である。店先でおばさんに鍋を渡すと、ひょいと豆腐をすくい上げて入れてくれる。恐らく小学生くらいの記憶。そういった思い出はよく覚えているものだ。

一方、大学に入り旅行系のサークルに入っていたが、先輩が車を運転して私が助手席で爆睡していたような旅は、その道中の記憶がほとんどない。つまり、自分の手と足を動かさないものは記憶に残らない

今、生徒と話をしていると、その生徒自身の生活体験の有無が透けて見えてくる。
シンプルにいえば、生活体験の多い子の方が勉強に関心を持ちやすく、生活体験の少ない子は勉強に関心を持ちづらい。

例えばメダカを飼ったことのある子はメダカの生態を実感をもって理解できるし、御堂筋線に乗ったことのある子は淀屋橋の次が梅田で、梅田の先に新大阪があるという地理的な位置関係を実感で理解できる。

当然、体験には限度があるので、それ以上は想像で補わなければならないが、ある程度の生活体験があると、脳の点と点の間に想像を置けるようになり、その想像にすら実感を持てるようになってくる

「いや、うちの子は結構出かけているのだけど」
の場合でも、自宅から目的地まで親が運転して子供は後部座席でYouTubeを見ていた、のような方法ではその子供は道中の過程を実感していないから、出掛けていないのと同じで記憶に残らない。

「どこ行ったの?」
「ラーメン食べてきた」
くらいの返答しか出来なくなる。地理的な知恵が育たない

可愛い子には旅をさせよ、ということわざがあるが
人間が食べ物を食べ、排せつ物を排泄しなければ生きていけない物理的な存在である以上、手と足と、それに頭を使った生活体験を人生で重ねていくことは大切である。

この記事を書いた人