大和言葉で情を学び、外来語で知を学ぶ

2017年に87歳で亡くなった、上智大学名誉教授で英語学者の渡部昇一(わたなべ しょういち)先生。
9月に刊行された『「時代」を見抜く力~渡部昇一的思考で現代を斬る』(渡部昇一・著、育鵬社)は『文科の時代』(1974)、『腐敗の時代』(1975)、『正義の時代』(1977)(いずれも文藝春秋)からの再構成である。

(抜粋ここから)

<情緒的な大和言葉と知的な漢語>

 われは海の子 白浪(しらなみ)の
 騒ぐ磯辺の松原に
 煙たなびく苫屋(とまや)こそ
 わがなつかしきすみ家(か)なれ

この歌詞には外来語が混入しておらず、日本民族にとって海が懐かしきものであり、外来語の力を借りずに海を歌うことができることを示している。望郷の歌あるいは幼児期を懐かしむような歌は大和言葉よりなるものが多い。

 兎追ひし かの山
 小鮒(こぶな)釣りし かの川
 夢は今もめぐりて
 忘れがたき故郷(ふるさと)

これに反して外来語の多いのは、旧制高校の寮歌である。

 ”嗚呼(ああ)””玉杯(ぎょくはい)”に花うけて
 ”緑酒(りょくしゅ)”に月の陰やどし
 ”治安(ちあん)”の夢に耽(ふけ)りたる
 ”栄華(えいが)”の巷(ちまた)低く見て
 向ヶ岡にそそり立つ
 ”五寮(ごりょう)”の”健児(けんじ)”意気高し

大和言葉は魂の情緒に触れる時に現れ、漢語は心が知的に働き、外部発展的の時に使われる。つまり心が内に向かい、何かを抱きしめたい時に大和言葉が歌詞をなし、心が外向き、野心的で征服的な時に漢語が入る。旧制高校は当時のエリートコースで、他の人を見下すような立場になりやすかった。(P.250-254)

(抜粋ここまで)

大和言葉漢語の違いをまとめてみよう。

◎大和言葉(やまとことば)
日本に古来からある
分かりやすい
こころ・情感を伝える(内向的)
誰にでも使えて理解できるから人間の上下、差別を生まない

◎漢語
外来語である
難解
知的かつ征服的
能力主義的に人間の優劣を生む

(抜粋ここから)

今の歌人や俳人の中には大和言葉の本質を考えずに、安易に漢語や片仮名を混ぜたアクロバットを見せる人が少なくない。もちろん漢語や片仮名まじりも悪くはないが、大歌人、大俳人は大和言葉だけで万人を感服させうる作品を作った。

大和言葉のみの作品からくる感動は、魂の感動であり情的であるのに反し、漢字や片仮名まじりの作品から受ける感興(かんきょう:面白味)は知的である。注目すべきは山頭火である。

 分け入つても分け入つても青い山
 あの雲がおとした雨にぬれてゐる
 うしろすがたのしぐれゆくか
 ひとつひつそり竹の子竹になる

彼の句は大和言葉である。これ以上にやさしく平明な日本語で書くことはできないであろう。日本人なら誰にでもわかり、それぞれの感動をうける。彼は生きて行く上に理性とか知性を用いなかった。彼の句は翻訳すればおそろしく内容のないものになり、何ら実のあるコミュニケイションを成立させないであろう。(P.260-262)

(抜粋ここまで)

大和言葉は情感を表現し、漢語は知的な伝達やコミュニケーションに用いる。大和言葉は外来語に変換した時点でその価値を失ってしまう、大和言葉でしか成し得ない存在、記号としての価値を持たない言葉が大和言葉なのだ。

先ほどのまとめに「誰にでも使えて理解できるから人間の上下、差別を生まない」と書いたが、学問の有無に関わらず誰でも対等に扱い、平等に理解できるのが大和言葉の最大の特徴。

それに対して、漢語や英語といった外来語は知的であるが故に「分かった」「分からない」という能力の差を生んでしまう。優越感や劣等感といった人間の愚かさや苦しみを生んでしまうのも外来語の特徴ということだろう。

(抜粋ここから)

<感情教育には日本の古典、知育には外国語>

日本語の言霊的側面を重視するほど、日本人にはしっかりとした外国語教育が必要である。真の日本語は知性の介入を峻拒(しゅんきょ)する性質がある。

一方、外国語教育の方は妙に国際づいて「初歩の英会話をやりましょう」と言っており、日本人にとっての外国語の意味は知的なものであるという視点が失われかかっている。(P.262-263)

(抜粋ここまで)

渡部先生は逆説的に「大和言葉は知性の介入を峻拒する」と述べておられる。大和言葉は「情」つまり感性で捕捉するものであって「知」の存在ではないから、「知」は外国語教育で習得すべきである、と。

つまり、だ。

「大和言葉で情を学び」「外来語で知を学ぶ」。この2本立てでいきなさい、と仰っているように思える。ところが今の日本人には「外来語で知を学ぶ」という視点が失われているから、それはひいては「大和言葉で情を学ぶ」ことの視点の欠如も示しているのではないか。

出典:「時代」を見抜く力~渡部昇一的思考で現代を斬る(渡部昇一・著、育鵬社)

この記事を書いた人