学校の大問題~これからの教育リスクを考える~

かえつ有明中・高(東京)校長、香里ヌヴェール学院(寝屋川市・旧聖母女学院)学院長を歴任された石川一郎先生のベストセラー。

(矢萩)いま、学校現場で探究的学びを入れたいと思っている先生たち、頑張ってSDGs(持続可能な開発目標)とかやってるわけですよ。だけど、「世界ではこんな問題が起こっています!さあ、自分事として考えましょう!」というこのスタイルが、そもそも探究的ではないんですよ。探究を構造的にとらえられていない。たとえば、そもそも探究的に生きている大人じゃないと、本質的な探究は教えられない、伝えられないっていうことが、基本の構造としてあります。つまり、探究が自分事である必要があるんです。(P.109)

今でこそ、どの学校説明会に行っても「探究」の文字を必ず目にするが、私の記憶でいえば、現在学校で全国的に普及している探究学習の源流の一つは埼玉県の開智学園の青木徹理事長ではないか、と記憶している。

教務主任経験者など開智出身(和歌山の開智ではない)の先生方が東京の広尾学園や安田学園など都内私学にヘッドハンティングされて、開智イズム(青木イズム)の「探究」授業が全国に普及していく先駆けになったように思う。

(矢萩)いいところを評価されないことによって閉じちゃってる子が、少なからずいるんですよね。偏差値評価とはちがう軸に才能がある子が、そっちだけで評価され続けると、全体的にやる気がなくなってしまいます。自分は価値観が違うと突っぱねられる子の方が、圧倒的にマイノリティですから。大抵は「自分はダメなんだ、評価されないんだ」というふうになっちゃいますよね。評価されないことと、相手にされない孤独感みたいなものが隣接しているのも現在の教育の問題だと感じます。(P.134)

無神経な大人が子供を潰すのは、不変の真理。

(石川)たとえば、N高みたいな方向性だけでなくて、躾(しつけ)だけやってるような学校があってもいいと思うんですよ。あるいは、探究的な学びに特化した学校もあってもいいと思うし。偏差値的な学びを追求するっていう学校があってもいいと思うんだよね。もっと多様な選択肢というものが、あってもいいんじゃないかなと思う。幼稚園なんかを見ると、結構、多様な教育をされているんだけど、小学校になると、比較的、横一線になっちゃうんだよね。せいぜい英語をやるとか、やらないくらいの違いしかない。でも、そうじゃなくて、義務教育段階が、もっと多様な教育の選択肢を、持ってもいいんじゃないかと思うんだよね。(P.138)

N高といえば、N高政治部特別授業。政治的な志向はともかく、実際に国を動かしている大臣の話を直接聞ける機会はそうない。コメント欄にもあるように、先入観抜きで一度見てみると良い。

(矢萩)自然の中で、時間をかけて遊んだり作ったりしながら本質的な学びを目指すコンセプトの軽井沢風越学園だとか、あとはフリースクール系でも特殊な学校ができつつはありますよね。僕が関わっている中では、ラーンネット・エッジという神戸のスクールでは、大人からテーマを与えられるのではなく、生徒それぞれが決めて授業の内外で進めていく本質的な探究を実践しています。どちらも小中が接続しているので、ゆとりを持って探究できているように感じます。(P.140)

生気を失って形骸化されたものは廃れていく。その先に生まれてくる学校。

(石川)こういう不安な時だからこそ、大手っていう人は、一定数は存在するんだろうけれど、本当に寄りかかっていて期待通りのものが得られるかというと、微妙だよね。大手塾って、本来設計されているカリキュラムで学べる層って、3割いるかいないかくらいなんだよね。実績を出すのもその3割。でも残りの7割で収益を出しているわけだ。

(矢萩)「お客様」と呼ばれている層ですね。この層はだいぶ、減ると思います。いま、探究系に流れてきてるのも、その層ですね。彼らは従来型の学びに合っていなかっただけで、好きなことや楽しいことであれば実にのびのびと才能を発揮するケースが多いです。(P.144)

1975年の渡部昇一先生の話は、46年前どころか、まさに今の話だったということ。

(石川)これから、学校による差はあれ、一人一台の体制になっていくわけだけれど、この本を読む小中学生の保護者は、何をどういう順番で気をつけていけばいいんでしょうね。

(田中)現状ですでにネックになっているのはタイピングですね。タイピングの技能をいつ、どの程度身につけるか。本当は、小学生のうちに1分あたり少なくても60文字、よければ120文字くらい打てると、中学・高校での学習が、ガラリと変わります。

(石川)タイピング遅いですからね。先生たちでもタイピングに苦戦している人たちもまだいますからね。

(田中)あとホントに気をつけてほしいのは、情報デバイスとの出会い方です。これ、手遅れの方もたくさんいると思うんですけど。いちばん最初に、安易にゲーム機から入らないことが重要です。情報機器が子どもにとって、報酬をもらえる消費的な余暇の道具になり下がるような出会い方、与え方にならないように気をつけてほしいんです。理想は、最初の情報デバイスがパソコンだったら良いな、と思います。自分から働きかけないと動いてくれない、けれど動かせるようになるとすごく楽しい道具。これは、積み木や粘土なんかと同じなんですが、何かを表現したり、何かを提供したり、発信するために楽しく使える道具という出会い方です。すでにゲームにどっぷりになってしまった子でも、例えばタイピングのゲームにはまってくれたりすると、コンピューターとの付き合い方が、ちょっと変わったりもします。(P.208-209)

スマートフォン・タブレットは<情報を消費する>端末
パソコンは<情報を生み出す>端末
この違いは重要なので、必ず頭に入れておこう。

『学校の大問題~これからの教育リスクを考える~』
石川一郎・著、SB新書(2020年11月発売)

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