読書の流儀

今週から5回シリーズで作文講座が始まるが、
◎啓発録(橋本左内)
◎修身教授録(森信三)
◎千利休(熊倉功夫)
◎論語
◎孫子

今年は上記の課題文を読んでいく予定。
「読まなければ書けない」ということで、よい文章を読むことによってパターンが自分の中に蓄積されて、表現力が身についていく。課題文は一見すると「難しそう?」な印象を与えるかもしれないが、難解な哲学や深みの無い文章ではなく、皮膚感覚で自分の中に入ってきて中学生でも高校生でもストンと腹に落ちるようなテーマを選択している。

そして最終回では内村鑑三の「代表的日本人」(明治41年刊行)で西郷隆盛・上杉鷹山・二宮尊徳・中江藤樹・日蓮のいずれか一人について各自の作文で論じてもらうことにした。
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/50_uchimura/

7/26(水)の初回で全員に一冊ずつ岩波文庫版「代表的日本人」を配布して、1ヶ月掛けて読んでもらう。まあ、こんなことでもなければ、よほどのことが無い限りこういった本を生徒が手に取ることはないだろうし、論語も森信三先生の修身教授録も全編読むわけではないが、ひとつの種まきとして受講する生徒たちにとっての良い経験になってくれればと考えている。

過去の作文講座に比べれば硬派な内容なので「牛丼これは牛の命です」といった衝撃的な作文は出にくいかもしれないが、今年は中2から高3まで混合の講座であるので、ダイナミックな全5回になってくれれば良い。
http://kj-log.cocolog-nifty.com/kamiojuku/2015/08/post-6707.html

さて。
私の過去を思い出すと、小学生の時に熱心に読んでいたのが「太平洋漂流実験50日(斉藤実)」、中学・高校では当時ドラマになったこともあるが「大地の子(山崎豊子)」「蔵(宮尾登美子)」「竜馬がゆく(司馬遼太郎)」、あとビートたけしの著作。この辺りは強く印象に残っている。大学では黒川紀章(建築家)の思想モノか。

そんなこんなで読書について最近思うことを箇条書きにしてみる。

◎読みやすい本では成長しない
外山滋比古先生が「読みの整理学(ちくま新書)」の中で、分からないものを読むことで、それが何なのかを読者なりに想像しながら読むことが読みの味わいを引き出すのだ、というようなことを仰っている。確かに、パッと読んで意味が通じる文章はストレスを感じないが、その代わりに心にも引っかからない。すぐに忘れてしまうものである。だからこそ、歯ごたえのある、なかなか噛み切れない読み物の方がジワジワと味を感じるようになるのだろう。

◎古典を読む
「代表的日本人」も今から100年以上前の著作だが、時間の波に洗われても残り続けている本(古典)はそれだけ価値があるから未だに販売されているわけで、古典が単なる古典でなく現代に通用する何かを持っているからこそ読み継がれている。そういう本を読むべきである。10年後に絶版になっていそうな本は今すでに価値が無い、と本を選ぶ時に開き直ってしまおう。(勿論、中高生のうちは古典に限らずスポーツでも小説でも読みたい本を読めばよい)

◎名言集ではなく一冊の本で
例えば「論語」を素材に、そこからイイトコドリで断片を切り抜いて一冊の本に仕立てた名言集のような本が多く出回っている。最初はそれでも良いのだが、実は食べ物ではなく栄養分だけを抜き出したサプリを飲んでいるようなもので、それでは心に響く命が自分の中に入ってこない印象を私は受けている。だから、面倒でも抜粋ではなく原典を読むことが真の読書につながるのだと思う。

◎自分にとって価値がなければ走り読みで
常に「自分にとって意義のある時間になっているかどうか」が大切なので、読んでいてつまらないな、響いてこないなという時はどんどん走り読みをすれば良い。ビビットに伝わってこないのに一文字一文字を丁寧に追うのは時間の無駄だ、と考えてよいだろう。

◎読みっぱなし、ではなく気になった箇所を書き出す
私の場合は無印良品(ファミマにも置いてある)の付箋を片手に、読みながら良いなと思ったページにペタペタ貼っていく。一冊の読後に付箋のページを再読して「それほどではなかったな」と思うところは外していく。そんなスクリーニングを経て最後まで残った付箋のページはパソコンで書き出して備忘録に残しておく。この書き出す作業が、著作物と自分が一体になるための作法のようなもので、大変重要。読みっぱなしではいずれ忘れるのだから。

◎時間をしばらく空けて読み返すと、付箋を貼るページが変わっていることに気づく
以前読んだ時には関心を持たなかったページに興味を持ち、以前関心のあったページがどうでもよく感じることがある。だから良書は一回読んで終わりではなく、何年か時期を置いて再読したい。この自分の変化、これが「成長」というものである。

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