H君について

この時期に現役の中3生について記すのは躊躇(ちゅうちょ)したが、書いてしまおう。
H君は中学1年9月の入塾で、あれから2年半在籍してくれている。挨拶、物の渡し方、椅子の仕舞い方など礼儀の面で注意した記憶は一度も無い。ご家庭によい習慣があり、H君自身もそういうことに気づくタイプだったのだろう。

H君はそんなに勉強が得意ではない。しかし、私がH君から学ぶことは、成績が高いか低いか、勉強が得意か不得手か、ということは何の意味もないということ。H君は自分の持てる力を使って、自分の出来る限りの努力を注ぐ、ということを今回の高校受験で見せてくれている。

まだ受験が終わっていないのにこういう記事を書くのは好ましくないのかもしれないが、今年のこのH君の取り組みは私から見て本当に頭の下がる思いがしていて、こういう生徒に神様が祝福を与えない訳がないだろうと強く確信してならない。「君子は戦わずして勝つ。」入試本番を迎える前に結果は出ているような気がする。(だからといってこの文章を読んで気を緩めるH君ではないと信じている)

正直な話、多くの生徒が「指示待ち」「与えられれば、する」のタイプだ。それも宿題であったり、何ページから何ページと具体的に指定したことのみをする、完全受け身のタイプがほとんどだ。下手をするとその指示でさえ忠実に従えない生徒もいるかもしれない。

この場合、例えば「強化と対策のA問題を出来るようにしておこうね」といったレベルの指示ではまずそのタイプの生徒は何もしない。だから、こちらとしては抽象的な指示については生徒は何もしない・取り組まないということを前提で、そういった生徒に向き合い、具体的な課題を与えていかなければならない。「目の前にあんぱんがぶら下がっても気づいたり自分から口に入れることはなく、こちらから口の中に押し込んでようやくモグモグ始める」という例えを時々私は使うのだが、そういうことである。

で、今年のこのH君はその真逆の立ち位置にいる。抽象的な指示であっても、メモを取ってきちんとキャッチし、自分から取り組む。確認テストがあれば、解答丸暗記の部分も含めてほぼパーフェクトまで練習してくる。中途半端なことをしない。それはH君にとっては相当な克己心と執念ともいえる力強さで、授業や塾での自習という表面から見える表向きだけではない、内面で自分の取り組むべき課題を認識し、当事者意識を持って自宅に居る時も取り組んでいることが痛いほど伝わってくるのだ。

もう間もなく、祝福の風に吹かれて欲しい。そういう気持ちに本気でさせてくれるH君にリスペクトを感じ、また、そのH君が積極的に授業中・自習中でも質問をしている姿を、他の生徒たちには是非学び取ってもらいたいと願っている。

(※質問にも2種類あって、本当の質問と、見せ掛けだけの質問がある。前者は本当に分からないことを分かりたくて質問する行為。後者は、先生におべんちゃらで質問をしておけば自分が勉強していると思ってもらえると勘違いする浅はかな行為。これ、神尾はすぐ見抜きます)

(※あと、生徒一人ひとりの取り組み具合に応じて神尾の対応が変わる、ということも言うまでもない。人を見て法を説く。求めよ、さらば与えられん。である)

実は、上位の県立高校に合格できる生徒は、H君のような行動が自然に出来ている生徒だったりする。逆に、こうでないと県立高校の上位には合格出来ない。今回、H君は自分の適性と学校の特徴を見極めて、自分の希望する志望校を見定めた。立派な進路選択だ。9日、堂々と受験して来い!

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kamiojuku