2012年の総括

今年は中途で授業を打ち切らざるを得ない生徒の数がこれまでになく多い年となった。他の塾であれば、適当なことを言って誤魔化して通塾を継続させるところを、私は残念ながらそれが出来ない。自分に嘘をつけないから、自分自身が「この生徒に対しては真剣になれない」と思ってしまったら、最早無理。

連絡ファイルに「誓約事項」を印字するようになったが、詰まるところはその2点でしかない。まずは家庭との意思疎通、2点目は生徒本人の意欲である。前者は近年「さすがにそれは違うのではないか」と首を傾げたくなるような出来事が何かと増えており、個々のケースは記せないが色々と私自身のストレスにもなっている学校の先生が精神を病んでしまうケースが増えているのが分かる気がする。後者は塾に通う大前提のようなものだが、何をしに塾に来ているのか分からないような生徒はお金の無駄なので塾に来る必要がない。

暗い方向に目を向ければキリがないが、私としては頑張っている生徒、現状から抜け出すためにもがいている生徒のために自分の時間を注ぎたいと考えている。またそういう生徒やご家庭と出会いたいと願っている。穏便にしていれば続けて通塾するであろう生徒の授業を打ち切ることは経営面から見れば本当に愚かなことだが、「良心に恥じない」仕事をしたく、ブレない自分でいたい。

あいさつ、返事、机の上の片付け、物の渡し方、どの生徒もよく出来るようになっており、これは一人ひとりの生徒たちの一生の宝になると思う。今はその価値が分からなくても、数年後、数十年後に振り返る時が来る。また、自分で参考書を調べる、辞書をひく、自分で考える、問題を解き直す、この一連の日常の訓練も今後次第に芽吹いてくる。塾に来てただボーっと授業を聞いて「分かったつもり」になって帰るのではなく、「自分で、する」「ギリギリまで誰も助けてくれない」自助努力の上で、塾がグッと最後の一押しをする。この取り組みは「自己肯定力を育む」の実践になっていると思う。

頑張っている生徒に対して、私があからさまに誉めたり、評価をしたりすることは少ないかもしれない。しかし、頑張っている生徒は間違いなく私の目に映っているし、それが見られている見られていないに関わらず、くさらずに頑張り続けて欲しいと願っている。そうして他人の評価に関わらず続けて頑張ることが出来る生徒は「本物」になっていくし、人間力を高めて尊敬を集める人間になっていく。

生まれつきの天性はあまり問題にはならず、今いる位置から自分がどれだけ向上出来るのか、そこに価値があるのだと思う。また、因果の法則というものもあって、自分がしたことは必ず自分に還ってくる。力を尽くせば尽くしたなりの、手を抜けば抜いたなりの結果が自分に反映されてくるのだ。だから、幸せになりたかったら「頑張る」しかないのだと私は思っている。頑張ることとは幸せの貯金のようなもので、積めば積むほど善果が還ってくる。無駄な努力など何ひとつ無い。

そんなことを言葉ではなく、姿勢とか雰囲気で伝えられる塾でありたい。

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kamiojuku