幕末の天才志士、橋本左内の『啓発録』。
先日作文で取り上げる機会があったので再読しておこう。
—(抜粋ここから)
「とかく少年の間は、他の人のすることに目が散り心が迷うもので、人が詩を作れば自分も詩を、文章を書けば文章をといった具合になりがちである。武芸でいっても、友人が槍(やり)の修行に精を出しはじめると、自分が今日まで修行してきた剣術を中断して、槍術(そうじゅつ)を習いたくなるものであって、このように心を迷わすのは、志を遂げられぬ第一の原因となる。
それゆえ、物事を分別する力が少しでもついてきたら、まず自分自身で将来の目標と、それを達成するための方法を、しっかりと考え定め、その上で先生の意見を聞いたり友人に相談するなどして、自分の力の及ばぬ部分を補い、そうして決定したところを一筋に心に刻み込んで、行動を起こさねばならない。必ず、学ぼうとすることが多岐にわたり過ぎてそのために目標を見失うことのないように、注意したいものである」
—(抜粋ここまで)
以上は橋本左内が14歳の時に書いた文章。
更に24歳では
—(抜粋ここから)
「学問とは、人として踏み行うべき正しい筋道を修行することであって、技能に習熟するだけのものでは、決してない。ところが、とかく学問とは技能の修行と心得ている者が多くて、自分は学者になる家柄に生まれたのではないし、またそのつもりもないから、そう深く学問をする必要はないなどと、口ぐせのようにいっている人を見かける。これは結局のところ、学問を技能の修行と心得ることから生ずる間違いである。たとえ、どんなに詩文などを上手に作れるようになっても、故事などを博(ひろ)く暗記したとしても、それだけでは一種の芸人となり得たに過ぎない」
—(抜粋ここまで)
芸人(笑)
ただ記憶力がよいだけの人は「芸人に過ぎない」と喝破している。橋本左内の言葉は、現代にそのまま通用する。
当塾は「分からない」→「まず調べる」→「自分で考える」→「ヒントをもらう」→「自分で考える」→「自分なりの答えを見出す」のアプローチを重視しているが、現代社会では情報の大波に流されて「自分で考える」「自分で答えを出す」ことが意外と出来ていない。
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