ファイト!

生徒の立場ならば何のために勉強するのか、こんな勉強をして意味があるのか、という疑問を持つことがあるだろう。
私はいまだかつて生徒に「勉強しなさい」という言葉を使ったことはないが、今の私に言わせれば、5教科の勉強、テスト勉強そのもの、またはそこから得られるものはすべて社会人の仕事そのものである。

例えば計算ミスをしてはいけないよ、というのは、社会人になって自分のお客様にサービスを提供するときに、そこで示す資料が1つでも間違っていたらお客様の信頼を失うし、場合によっては会社の損失、ひいては自分の職を失うかもしれない瀬戸際に追い込まれるかもしれないことと全く通じているのだ。

計算ミスをしないように注意深く、正確に、慎重に、スピーディーに計算する、というのは「この仕事を注意深く、正確に、慎重に、スピーディーにこなす」のと同じことで、それを数学という道具を使ってデモンストレーションさせてもらえる絶好の機会が学生時代だ、ということになる。

家庭にはそれぞれの事情があるので一概には言えないが、勉強が嫌で嫌で中学校を卒業して就職の道を選ぶものがいる。人生の選択肢としては悪いことではないし、前向きにその道を選んだのならばそこを進めばよい。卒塾生でもそういった者は複数いる。

しかし、そこで工務店等の仕事を得たとして、そこから数年間はいくらかの金を稼げることによって、同年代の学校に通っている高校生や大学生に比べて自分は自立して生活できているという優越感を持つことができるらしい。(このタイプは結婚や子どもを持つ年齢も早かったりする)

ところが同年代が高校や大学を卒業して社会に出始めると、その彼らの方が報酬が高く、自分たち以上の飛躍が見えるので結局早期に就職の道を歩んだものはやるせない気持ちに陥ってしまい、年齢を重ねて若さを失いつつあると職も限られるようになって負のスパイラル(悪循環)にはまりこんでしまう、ということだ。

それぞれの人生なので唯一の正解はない。全ての人の人生、どれもが正解だ。
しかしながら一つだけ言えることは、自分が学生として勉強できる環境に置かれている(居させてもらえている)以上、自分は勉強が苦手だ、と強い苦手意識のある者であっても、食いしばって学校の勉強や塾にしがみつき、努力をささげ続けることで、その人の運命は変わっていくということは間違いないだろう、ということだ。

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kamiojuku