和田秀樹先生講演会

精神科医・和田秀樹先生の講演会の抄録が本棚の中から出てきた。平成18年9月27日に共栄学園中学・高等学校にて150名の生徒を対象に行われたもの。
印象に残った部分を抜粋してみた。

—(ここから)

■勉強の意味

受験勉強というのは、覚えた内容とか、勉強したコンテンツそのものが役に立つのではなくて、ある種の工夫をしただとか、記憶力のトレーニングになっているだとか、あるいは数学的なものの考え方を身に付けるだとか、そういうノウハウというか、ある種の能力を身に付けることのほうが役に立つと思うんです。私は立命館の副校長になられた陰山先生と懇意にしているんですけれども、陰山先生も山口小学校時代に子どもたちにいろいろなものを覚えさせていました。子どもたちが口答えするようになって、「こんなもん覚えて、何になんねん」とか言われたときに、「おまえ、覚えたものが何かになるんやなくて、覚える能力が役に立つんや」みたいなことを言ったという話があります。

■知識社会

情報というのは、いくらでも手に入るようになってからのほうができる人とできない人の差は大きくなるんです。「情報がいくらでも手に入るようになったから勉強しなくていい」というのは逆だったということがわかりました。今、知識社会という言葉がよく使われます。それはどういうことかと言うと、情報というのは、頭の外にある。知識は頭の中にある。でも、知識が頭の中にたくさん入っている人でないと、情報の意味がわからなかったり、情報が使えなかったりするわけです。だから、知識社会というのは、頭の中にたくさん知識が入っている人が強いという社会です。

G8教育大臣会合議長サマリーには次のように書かれています。「知識社会は重要な機会を提供すると同時に、現実的な危機感をもたらすものである。労働市場で求められる技能レベルは高く、すべての社会は教育レベルの向上という課題に直面している。高い技能レベルを身に付け、維持できる者は社会的にも経済的にも大成功を収めることができるが、そうでない者は安定した職業およびその職業によって得るべき社会的、文化的生活活動に必要な収入を得る見通しも立たない状態で、かつてない疎外の危機に直面している」。要するに、ちゃんと勉強して、能力が高い人はリッチにやっていけるけど、そうでない人は食っていけないよというのが知識社会です。

■厳しい話

私は去年、『アエラ』という雑誌で、「面倒見のいい大学」という取材をやっていました。そのときに、金沢工業大学という大学に行きました。金沢工業大学というのは、予備校の偏差値で30台なのに、正社員就職率が99.1%で、ものすごく就職がいい。大学に入ってから勉強をすごくする。ここにいろいろな秘密があるわけです。例えば、みんなで飛行機をつくるだとか、できない学生用の補習教室には小学校の算数の教科書から用意してあるだとか、いろいろなことをやっています。学生さん3人を大学側が用意してくれて、その学生さんに学校の良さとか、いろいろ聞きました。

「何であなたはここの大学に来てから勉強する気になったんだ」と聞きました。何と答えたかというと、大学に入ったときに、社会概論という講義があるらしい。13回の連続講義では東京からエコノミストの先生たちを呼んで、今の世の中がどんなに厳しい社会かというのを教えるらしいんです。勉強しないと食っていけないだとか、正社員にならないとどんな悲惨な将来が待っているかとか、そういうことを13回。やっぱり勉強する気になったそうです。

■先行逃げ切り

先行逃げ切りで何が有利かと言ったら、要するに、早いうちにできるようになったほうが得だということです。勉強のできない子が何で勉強のできる子に追い付けないかというと、理由は簡単で、こっちが3時間かかってやる宿題をできる子は1時間でやっている。勉強というのはやった時間ではなく、やった量で勝負をするものだから、速い人には勝てない。つまり、速くする方法を考えないといけないわけです。だから、そこが大事なポイントで、早めにできるようになっておくというのが大切です。今中3、高1だったら、気が付いた時点で勉強を始めて、ほかの人よりもスピードを速くしておく。同じ時間内でやれる量が多ければ多いほど時間に余裕ができるわけで、速くできるようになれば、結局楽になります。

■成功体験は自信に

下手な勉強法は労力の無駄です。数学の問題をできるまで考えろといって、3時間、4時間考えたところで、残念ながら頭は良くならないです。なぜか。要するに、長い間考えているときは、脳は全く活性化されていないんです。問題を解いているときが活性化されるわけで、長い時間考えてもできない。3時間かかって1問もできないのだったら、その間に20問やっている子と、どんどん差が開いてしまいます。できない間は答えを見てしまったほうがいいわけです。ちょっとした工夫です。

最近になってある数学の先生に、「暗記数学でもやらないよりはずっといいですよね」みたいなことをよく言われるんですけれども、それがやっぱり実際のところです。逆に言えば、成功体験は自信になります。やっぱり人間は「勉強法」を変えていい成績を取るというのは、自信になる。それと、もう一つ大事なのは、戦略思考、方略思考というのが身に付く。勉強ができないときに、やり方を変えて一回でも成功した人間というのは、「できないのは、頭が悪いからではなしに、やり方が悪いからだ」という人生観が持てるということですね。

■計算は大切

計算を5分間やらせて、やる前とやった後で、記憶力がどうかを調べてみました。やる前は英単語を50個しか覚えられなかったのに、やった後は60個覚えられたとか、やる前は50個しか、迷路の問題ができなかった子がやったあと57個できたとかいう結果が出ました。計算をやった後のほうが、記憶力だとか、思考力が上がるということです。つまり、計算が脳の準備体操みたいになっているということです。

■記憶は3段階

記憶は3段階に分けて考えることができます。入力、貯蔵、出力の3段階です。

まず、理解していること。つまり、わかっていることは覚えられるけど、わかってないことは覚えられないということです。2つ目は、見栄を張らないということです。わからなければ、参考書のレベルを下げるだとか、人に教えてもらうとかすることです。わからないまま覚えようとするから、覚えられないわけです。やっぱり興味を持たないといけない。だから、なるべくおもしろい参考書、問題集、講義みたいなものを受けた方がいいということです。興味のテンションが高いときは、集中力も高いわけですけど、集中力を人為的に上げることはとても難しいです。だから、下げないようにするということが大事です。

例えば、寝不足。寝不足というのは、注意のテンションを下げるわけですね。睡眠時間が5時間を切ると、記憶力が如実に落ちます。だから、もうゲームをやめて、さっさと寝なさいということになるわけです。あるいは、心配事があるときも集中力は落ちます。それとか、見たいテレビがあるのに、我慢して勉強していて、それが気になってしょうがないということがありますね。それだったら、そのテレビを見た後、ちゃんと勉強したほうがいいかもしれない。ただし、見なくてもいい番組、余計な番組まで見るなというのは当然の話です。ここを勘違いしないでください。

次に貯蔵。ある期間の間に復習をしないと、記憶は捨てられるということです。これは約30日だと考えられています。つまり、1ヵ月以内に復習しないと、単純記憶の場合はほとんど忘れてしまうということです。だから、ちゃんと復習しましょう。

最後の出力。世界史の勉強をしたり、日本史の勉強をしたりするときに、一生懸命教科書にマーカーで線を引いたりしますよね。だけど、世界史や日本史だって、問題集を使ったほうがいいんです。要するに、覚えものの科目でも問題集をやると、どんなふうに出されているとかを考えるわけです。それが出力のトレーニングになります。そういう意味では、聞いた話を受け売りでもいいから、人にしゃべってみるのもいい方法です。

■知識

昔の人がどうしても解けなかった問題が簡単に解けるというのは、頭がいいからではなしに、ものを知っているからなんです。将棋をやっている人だったらわかると思うんですが、将棋で駒の進め方しか教えてもらっていない人と、定石を教えてもらっている人だったら、やっぱり定石を知っている人のほうが勝つわけです。公式だけ覚えてあとは自分で考えろというのは、将棋の駒の進め方しか教えてもらっていないのと同じで、いっぱいやり方を知っている人と勝負しても勝てないわけです。何のために数学の問題をたくさんやるかというと、やり方を身に付けるためで、考えるためにあるわけではないのです。もちろん自分で解けたほうが頭に残りやすいから、自分で解けるんだったらどんどん自分で解いていけばいいんだけれども、それが10分、20分と考えてもできないんだったら、やっぱり答えを見て、やり方を増やしていくほうがいい。いっぱいやり方を知っていると、難しい問題でも簡単に解けるようになってきます。

■受験のセオリー

得意科目があるのだったら、それを思い切り勉強したほうがいい。得意科目でたくさん点を取って、苦手科目の負担を減らすというのが、受験のセオリーです。だけど、普通は苦手科目があると、そればっかりにこだわるから得意科目の伸びもいまいちで、かえって受からないということが多いわけです。世の中に出てからというのは、何か取りえがある人の方が強いわけです。受験勉強というのは、おのおの一人一人によって目標点が違うんです。私は数学を90点取るのが目標だから、英語25点でもいいやということができるのが受験勉強のおもしろさなんです。一人一人みんなやり方が違うんです。

—(ここまで)