アナログから抜けられない理由

2015年頃の当塾ホームページ(移転前)をPCから発掘した。
Windowsのメモ帳でHTMLタグ打ちをしていた最後の頃。ある意味、初歩的なプログラミングのようなものだ。

学生時代は時間をかけて作り込んでいたが、これは明らかに手抜き。
http://kj-lab.net/img/kj2015

さて、
Google Chromeの場合、画面上を右クリックで「ページのソースを表示」を押すと、サイトを構成しているHTMLが表示される。

と、よく見ると
「meta…」と書いてある。

これをメタ情報という。
サイト上には表示されないが、GoogleやYahooの検索エンジンに向けて「こんなサイトです」とアピールするための隠し情報。これがメタ情報だ。

メタ情報(メタデータ)について、更に下記サイトが詳しい。

—引用ここから—
メタデータとは、本体であるデータに関する付帯情報が記載されたデータです。「データのためのデータ」と説明されることもあります。(中略)例えば、ある人間本人が本体のデータだとすれば、性別や年齢、趣味や家族構成などが書かれた自己紹介カードはメタデータです。
—引用ここまで—

ここからが本題。

例えば、生徒が宿題を提出する。
オンラインであれば、文字や記号を使って答案をデータとして送信できるが、データそのものしか送ることが出来ない。

しかし、アナログの紙であれば、その文字の書きっぷり(丁寧さ、筆圧)から問題を解いている生徒の感情を私が読み解くことが出来る。それを基に、次の最適な一手を模索することも出来る。

という風に、当塾がアナログから抜けられないと思うのは
時代錯誤なわけではなくて、こうした「メタ情報」を切り離して教育活動は出来ないだろうという考えが根底にあるからである。

メタ情報とは、それに気づけば気づくほど「宝の山」。
言ってみれば、月謝袋ひとつ見てもそこに膨大なメタ情報が含まれている。アナログなやり取りの中に「なるほど、そういうことか」と生徒を解析する鍵も含まれてくる。

以下は京大の宮沢先生。

「言葉や数式はとても便利なものですが、限界や欠点があることを認識する必要があります。言葉や数式を人は得たことで、それ以上のもの、感性や直感を失ったのだと思います。それを少しでも取り戻すためには、自然や生き物とふれ合い、言葉に依存しない音楽を聴いたり、絵画をみたりすることが必要です。」

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