考える、考える、そして考える

「学びて思はざれば則ち罔(くら)し。思ひて学ばざれば則ち殆(あやう)し」
論語の一節である。

学ぶだけではダメ、考えることが大事なの。考えるだけではダメ、学ぶことが大事なの。
と孔子が言っている。

この冬も冬期テキストの長期課題を多くの生徒で行ったが、考えが浅いと質の低い答案しか出てこない。
そこを2周3周4周5周・・・とフィードバックを繰り返して答案の精度を上げていく。

どのような答案でも必ず私が採点するため、生徒にとっては「やるしかない(考えるしかない)」つまり逃げ場がないのだ。
それでなければ火事場の馬鹿力は出てこない、つまり真から「考えない」ということだ。

この週末、中3生は私立高校の入試直前を迎えたが
そこでも過去問を扱うのか通常教材を扱うのかは、その生徒が考えるための教材は何か?という問いから始まる。

表面だけサラッと過去問を解いて答え合わせをして・・・というアプローチが功を奏する生徒であれば塾でもそれを扱う。
しかし、それよりも冬期テキストのフィードバックに費やした方が生徒の思考を加速させるのであれば、冬期テキストを扱う。

という風に、「何を扱うのか」という問いにさえ、徹底的に考え尽くすということだ。

世の中の「凄い」と言われる人ほど考えている。考えている人は学びを求め、更に考えを深める。
このアプローチを真似することだ。