塾くささの思考から脱却する

先日、ある生徒に注意した事柄があって、
◎話を正確に聞く(指示されたことと異なることを何度もするな)
◎指示されたことはメモをする(覚えにくければ書け)
◎分からなければすぐに質問する(じっと頭と手の止まった状態で無駄な時間を使うな)
の3点がその要旨だった。

私の場合、神社もそうだが別の仕事を同時に抱えていることもあって、塾の先生だけをしていると、独特の塾の先生臭さのような雰囲気や考え方に浸かってしまうと思うのだが、生徒を注意する時も塾という狭い世界の中で培われた思考で注意するのではなく、あくまで一般社会的な感覚を元に善悪を判断する、ということを私はこの頃特に心掛けている。

冒頭に書いた3点は、とても単純なことだが、これが出来ていなくて実社会でうまく仕事ができない、または離職しやすい、といった傾向があるように私は思う。

学校の成績に関わらず、社会に出たら一律横並びで働かなければならず、ハンデ無しで能力を判定されるわけで、仕事が遅い人はスピードを要求されるし、仕事が雑な人は丁寧な仕事を要求される。考える習慣の少ない人には考えることも要求される。こういったことの連続で会社として、個人として生きていくための稼ぎを得ていくことになる。

悪癖があるとき、やはり出来るだけ早い年齢で直しておかないと、社会に出て、いじわるをされて離職の方向に周囲から持っていかれるとか、世間の荒波に本当に真正面からさらされることになってしまう。学生のうちは、まだ若いじゃないか、子どもじゃないか、と注意してくれる人がいる。これは本当にありがたいことだ。

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kamiojuku