吉田松陰・留魂録

「留魂録」(りゅうこんろく)は、幕末長州藩の思想家である吉田松陰が、1859年(安政6年)の処刑前に獄中で松下村塾の門弟のために著した遺書である。この遺書は松下村塾門下生の間でまわし読みされ、松門の志士達の行動力の源泉となった。(wikipediaより)

【英雄自ら時措(じそ)の宜しきあり。要は内に省みて疚(やま)しからざるにあり。抑々(そもそも)亦人を知り幾(き)を見ることを尊ぶ】

これはその「留魂録」の第3章にある松陰の言葉。「英雄は時と所によって、それにふさわしい態度をとる。大事なことは、おのれをかえりみて疚(やま)しくない人格を養うことだろう。そして相手をよく知り、機を見るということもよく考えておかなければいけない」と言っている。

時と場合に応じて誠意を尽くすことも、激烈さを見せることも、それが英雄である、と。「己を省みて、やましくない人格を養う」・・・これは一朝一夕に出来るものではない。正当に己を省みることが出来るために、そのような正気を保てる冷静さを培う、これは人生経験を、それこそ「正しく」積み重ねることでしか得られないだろう。(※ここで言う「正しく」は、昨今の原発の話題で使われる「正しく恐れる」という言葉のニュアンスに似ている)

「相手をよく知る」は、「戦わずして勝つ(戦ってから勝つのではなく、戦えば勝つことが予見できるくらいに周到に準備を重ね、いざ戦えば確実に勝つ、という意味」という孫子の兵法にも通じる。敵を知れ、入試ならば受験する高校、入試問題を自分でよく分析・解釈し、どうすれば突破できるかと戦略を自分なりに考え、その高校に対する自分の受験の構えを確実に固めていくということだろう。

「機を見る」ことはタイミングをつかむということで、人生は回転寿司の皿が目の前に回っているようなものだ、と夏期講習を受講した中3生には話したが、つかむべきチャンスも見送ってよいチャンスも同時に目の前に流れている。つかむべきチャンスの皿が回ってきた時によそ見をする阿呆でいてはいけない。「機を見るに敏」という言葉があるが、よきチャンスが流れてきたら瞬時に動いて行動すべきだ。しかし、それがよきチャンスかどうかを見極める鑑識眼もまた、日頃から一つひとつの物事に誠心誠意取り組み、自分の耳目と腕を磨いておかないと得られるものではない。

更に「機を見る」ということを現代の中学生に合わせて解釈すると、例えば課題を提出するべきタイミングというものがある。「提出しなさい」という期日があればそれを機械的に守るだけだが、提出すべきタイミングを逃して、提出する必要の去ったタイミングで「今さら?」と思われることにも気づかずに課題を提出してくる者がある。このようにズレた行動をしていると、ボタンの掛け違いがどんどん大きくなっていき、やがてその生徒から周囲の人心も離れていく(失望)。

このように「留魂録」の第3章を読んでいくと、松陰が愛用した「至誠」という言葉、言い換えると「真心をこめる」「誠意を尽くす」ということを常日頃から心がけ、行動にそれを徹底させる、そういう考えを忘れないという結論に自ずと行き着くような気がする。

※参考文献
「吉田松陰 留魂録」全訳注・古川 薫(講談社学術文庫)