生徒の目を見るとき、見ないとき

私が生徒に接するとき、生徒の「目を見て話すとき」「目を見ずに話すとき」の2つを区別している。

区別の方法はこうだ。生徒が主体的に取り組めている時は「目を見て話す」生徒に依存がある時は「目を見て話さない」

これは、生徒の心理として、先生の表情を見ながら答えを変えるパターンがあるからだ。例えば選択問題で、生徒としては「A」か「B」かを選ばなければならない。でも、どちらを選んだらよいか分からない。

そういう時に生徒は「Aですかね」と先生の目を見て揺さぶりを掛けてくる。そこで先生が「よし、そうだな」という表情をするか「そうじゃないんだよな」という顔をするか、生徒はそこをよく見極めている。

だから生徒としては「A」か「B」かの判断を自分主体ではなく、先生の顔色で決めているのだ。つまり、生徒は問題そのものに向き合っているのではなく、先生に答えを出してもらっているのだ。

こういう心理を回避させるために、先生としての最善策は「生徒の目を見ない」ことである。

つまり、私は生徒が「主体モード」なのか「依存モード」なのかを見極めて、生徒の目を見るか見ないかを決めているのである。

生徒としては先生が目を見てくれないことによって、自ずと「自分と向き合わなければならなくなる」。非常に重要な指導テクニックだ。