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KJ LAB 塾通信
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H・K君(高3)

長く続いた2018年度の卒塾感想も、これで最後となる。

私は神尾塾に入って本当に良かった。神尾塾に出会っていなければ、基礎的な勉強が全く出来ずにいた。そして今の高校進学や今後の将来、自分自身について考える事も無かったと思う。ある時母が神尾塾を勧めてくれた。寺子屋スタイルといった勉強はもちろん、私語は厳禁で挨拶や礼儀・礼節を身につけることが出来ると聞き、自分に合っていると思った。そして、先生も私のことを理解して下さり、入塾した。

最初は基礎的な計算、漢字から勉強した。苦手な数学も計算を徐々に勉強することで、すらすら出来るなんて思ってもいなかった。漢字も繰り返し勉強することで覚え、学校のテストでも点が取れた。更に漢検にも挑戦し、三級まで取得することが出来た。私の高校の入試は三教科だったので国数英に絞って勉強してきた。過去問を何度も解いたり、計算や漢字、作文といったところで点数を取ることを目標に受験期には毎回塾で自習を行い、分からない時には先生に必ず聞くことを心掛けていた。この努力と頑張りで無事、第一志望の今通っている高校に合格することが出来た。

高校に進学後も神尾塾で勉強してきた。高校の勉強は科目が多く、テスト勉強も大変だった。しかし、数学を中心に分からない所は必ず塾で質問をしていた。おかげで中学の時には中々高得点が取れなかった自分だが、高得点を沢山取るまで成長した。クラスでは最高一位、学年二位という結果も残せた。自分でも驚いた。勉強することが楽しくなり、自信がついた。このようなきっかけから新たなことにも挑戦したいと思うようになった。更に、数学の計算が出来ていなかった自分が高校最後の数学のテストで百点を取るなんて思ってもいなかった。自分自身が成長したと実感した。

勉強以外にも先生には色々と教えてもらった。礼儀はもちろん進路のことや今後生きていく為に必要なアドバイスなど数えきれないほど思い出がある。
そして鴻徳神社に塾があった当時は母に車で送り迎えをしてもらっていた。毎月の指導料を払って下さり、大変感謝している。母が神尾塾を勧めてくれていなければ今の自分はないと思う。

四月から私は大学に進学をする。これから不安と希望があるが神尾塾で学んできたことを活かし、自分自身を成長させたい。四年後には難関とも言われる国家試験にも挑戦し、自分にあった就職先を見つけていきたい。

神尾先生、私をここまで指導し、成長することが出来たのも先生のおかげです。五年半本当にありがとうございました。今後とも宜しくお願い致します。

正確には私語厳禁なんていうカッチカチの塾ではなくて、一人ひとりが本来の勉強に正面から向き合っていれば別に私語なんか出てこないよね、という必然の結果が私語厳禁という印象につながっているのだろう。

さて、H・K君のお母さまからは2月に先に卒塾感想を頂戴している。

H・K君(高3)のお母さま

2月26日の千葉の旧教室での搬出作業から翌朝の大阪新教室への搬入、新教室での諸々の準備に3泊4日で帯同してくれたのがH・K君である。これまで11年間、新しい生徒が既にいる生徒の息吹を感じながら神尾塾らしさを連綿と受け継いできた中で、今回の移転は実質新規開塾となったが、その唯一の橋渡し役がH・K君であり、今回搬入した備品の一つひとつに彼の尽力というものが染みている

2/26の昼、千葉での搬出でトラックを見送って私は成田から伊丹、H・K君が羽田からスカイマークで神戸に飛び、新大阪で合流。H・K君は南森町のAPAホテルに宿泊。翌朝6時にトラックを内本町で迎えて搬入。一日作業をして夜はあべのハルカス300展望台へ。私の別業務でお世話になっている地元の某社のK氏と一緒にハルカスダイニングの浪花そばで「そばしゃぶ」。御堂筋線で新世界に移動して、K氏の案内で私も初体験の「スマートボール」(※H・K君は18歳で年齢制限クリア)。だるまで串カツと「どて焼き」を味わう。次の日私は仕事場と自宅の不動産の立ち会いのため千葉に戻り、その間H・K君は一人で万博公園で太陽の塔、海遊館、お初天神などを見学。南森町の商店街で入った昔ながらの喫茶店でオムライスを食べて、とても美味しかったらしい。そういう店に物怖じせず一人で入って食事してくるのが実にH・K君らしい。4日目は内本町の新教室で残りの作業、打ち上げであべのルシアスの超人気店「スタンドふじ」で激安&絶品の刺身を食べる。なんばに移動して551蓬莱の本店で土産を買うが、あったかい豚まん12個と焼売20個を買った後に「それってチルドじゃないと、飛行機の中匂い過ぎて大変なことになるよね(豚まんテロと呼ぶらしい)」ということでディスカウントで私が買い取って、H・K君はチルド商品を置いてある関空で買い直すことになった。

既に袋から猛烈な豚まん臭が漂っており、私が持ち帰るのもこれでは地下鉄に乗れないと思い南海なんば駅で袋と布テープを買って厳重に密閉する。関空特急のラピートβに乗る、豚まんの件で平身低頭のH・K君をホームで見送り、H・K君は関西空港からジェットスターの最終便で成田に帰京。私はこの日と翌日、持ち帰った豚まん・焼売と格闘したが、食べた後に「豚まんは1個食べて美味しいね、というものであって、無理して大量に食べるものではない」ということを身に染みて学んだ。毛穴という毛穴、食道、腸壁から豚まん臭が数日出てきた。

ま、以上は余談として、
H・K君、今度は純粋な旅行としてお母さんと是非大阪に再来して下さい。

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