大人の修学旅行~奈良編

10月某日。日帰りで奈良の主要な史跡・歴史遺産をめぐってしまおうという弾丸企画。この日は午前1時近くまで面談があり、その後事務作業をして帰宅。寝る間もなく4時50分に自宅を出た。

[05:02 初富駅]
まだ夜は明けず、外は暗い。新京成の始発に乗車。

[05:30 京成津田沼駅]
乗り換えの待ち時間は7分、京成本線へ。始発列車だが勝田台、佐倉と進むにつれて混雑が増してくる。空港関係者が大勢乗車する時間帯なのだ。

[06:16 空港第2ビル駅]
成田空港第2ターミナルに到着。改札を出た先に検問所があり、身分証明書を提示しないと空港に入れない。これは自家用車・バスで空港内に入るときも同様で、成田の検問は全員必ず受けることになる。その後、ジェットスターのチェックイン。保安検査を通過して搭乗口(連絡バス乗り場)へ。

[07:00 成田国際空港]
GK201便で一路関西へ向かう。今回はセールで購入したので運賃は片道2,990円。これに座席指定料金およびクレジットカード決済手数料加算されたが、それでもプラス1,000円程度。国内線LCCのバーゲン情報は日頃からチェックしておこう。

成田空港について述べておく。この空港のチェックポイントは「団結小屋」と「貨物便の多さ」だろう。成田空港反対闘争の拠点となった団結小屋は今でも滑走路脇で鉄柵に囲まれたまま存在しているし、飛行機はそれを迂回して滑走路に向かわねばならない。成田空港の検問が厳しいのは、その反対闘争の名残でもある。また、成田では窓のない貨物専用の航空機も多く見かける。「日本最大の貿易港」ということが、成田に来れば実感できる。

さて、GK201便は離陸した。羽田発の関西行きは空域の問題があって、羽田を出るとすぐ横浜方面へ南下してしまうが、成田発は一旦利根川上空を旋回したあと、東京の真上を通過する。あれは手賀沼、これは八柱霊園、それはスカイツリー、向こうは新宿御苑と、知った場所を上空から眺めるのは興味深い。ほどなくして富士山の真上を通過。頂上はすでに雪で白く覆われているが、富士山の整った美しさを手に取るように眺める。

その後私はしばらく居眠りしていたのだが、ふと薄目を開けると通路にゾンビがいるではないか!・・・ハッと目を見開いてみると、客室乗務員がハロウィンの演出でドリンクを販売していたのだった。

[08:35 関西国際空港]
ほぼ定刻で到着。関西空港ではLCCでもターミナルに直結して搭乗・降機ができる。成田のようなバス移動がないのは楽だ。関西空港に降り立つのは十数年ぶりだが、もっと寂れているのかと思いきや、人が多い。

[08:54 関西空港駅]
南海電車の空港急行に乗る。始発なので楽に座れるが、岸和田、堺と進むにつれて混雑してくる。車窓から眺める大阪の町並みは関西独特だ。うまく言葉に出来ないが、首都圏とは何かが異なる。

[09:44 新今宮駅]
新今宮でJR線に乗り換える。階段を下りるだけの楽な乗換だ。関西本線の大和路快速に乗車。途中の天王寺でJR大阪環状線とすれ違うが、未だに201系(東京でいうかつて中央線や総武線で活躍した全身オレンジまたは黄色の電車)が通勤電車の主力として活躍中であることに驚いた。首都圏の鉄道車両更新の早さは、やはり異常なのだろう。その後、八尾、柏原、王寺を通過し、山間部へ。大阪と奈良の境は山地になっている。

[10:11 法隆寺駅]
北口を出て、狭い商店街を抜けると、比較的広い道に出る。子供たちを乗せた大型観光バスが盛んに行きかう。法隆寺に向かうようだ。今自分が徒歩で法隆寺に向かっていることを考えると、子供たちの修学旅行というのはつくづく至れり尽くせりの贅沢だということを痛感する。何も考えなくてもバスで目的地まで連れて行ってくれるのだから。そんなことを考えながら、排気ガスを避けて路地に入る。どの住宅も一つひとつが立派。家族代々で住み続けているようだし、しかも住所が「法隆寺南」とか格好よすぎる。

[10:35 法隆寺]
飛鳥時代、聖徳太子によって建立された法隆寺。現在はユネスコの世界文化遺産に指定され、世界最古の木造建築である。境内は各地からの修学旅行生に埋めつくされている。これは合戦か!と言わんばかりに、生徒たちの隊列があちらこちらから押し寄せてくる。金堂、夢殿の見学は修学旅行生に占領されてしまい、そんなおびただしい数の彼らを見ているだけで充分疲れてきた。

ペチャクチャおしゃべりをしながら境内を歩いている中学生たちを見ていると、この子たちを法隆寺に連れてくる必要は本当にあるのだろうかと疑問に思ってしまった。あえなく退散…と思ったら中宮寺の看板が見えてきた。かつて五木寛之の「百寺巡礼」で見たような気がする。

[10:55 中宮寺]
さすがにここまで修学旅行生は来ない。太いコンクリートの柱で支えられた本堂を池が囲んでおり、「ん、これは近代建築っぽいな。中宮寺は近代建築のルーツか」とつぶやいていたら、建物は昭和43年に近代建築の巨匠・吉田五十八(いそや)先生によって改築されていたことが分かった。

再び隣接する法隆寺に戻る。国家プロジェクトとして建立された法隆寺の貫禄は、他の寺社と比べようがないに優れている。あえて「国立・法隆寺」と言ってもよいだろう。

[11:07 法隆寺前バス停]
ちょうど奈良交通のバスが停まっていたので乗車。Suicaは使えないので乗車には小銭が必携。7分でJR法隆寺駅に到着。

[11:22 法隆寺駅]
再びJR関西本線。大和路快速で奈良へ向かう。車内では一人旅らしき人も少なからず見かける。

[11:32 奈良駅]
こちらはJRの奈良駅。近鉄の奈良駅とは1km(12分程度)も離れている。奈良駅と猿沢池を結ぶ道路は両側に飲食店が立ち並ぶ商業ストリートになっている。

道の途中に小さなお寺がいくつもある。その中の一つの寺院の看板にこんな標語が書いてあった。
『絶望のないところに 本当の優しさはない』

[11:45 興福寺]
シカ発見。

[12:25 東大寺南大門]
興福寺から東大寺に向かう途中、奈良国立博物館の脇を通るが、この日は「正倉院展」が開催中で、入場希望者の大行列が出来ていた。ディズニーランドの待ち時間に匹敵するだろう。シカの糞を避けながら奈良公園を進むと、東大寺南大門に到着。国宝となっている鎌倉時代の名作「金剛力士像」が安置されている。

[12:25 東大寺大仏殿]
さらに直進し、西楽門で拝観料を支払う。仏教を熱心に信仰していた聖武天皇が奈良時代、当時災害や病気が蔓延することを憂慮して、東大寺を建立した。大仏殿は国宝であり、現在でも木造軸組建築としては世界最大の規模となっている。

修学旅行の中学生向けに専門のガイドさんが解説していたので、私も傍らで話を聞く。「ふつう、お寺というとお墓とお葬式ですが、東大寺にはお墓もないし葬式もしません。もともとはお坊さん向けの学校だったからです」…確かにそうである。そういう意味では、墓地の運営と葬式が主たる業務となってしまっている寺院の多い現代は「末法」の時代なのかもしれない。

あと、現代の大人たちはやたらと写真を撮りたがる。実物を見に来ているのか、写真を撮りに来ているのか。私ならば撮影よりも自分の脳裏に焼きつけることを意識する。

[13:00 正倉院]
大仏殿の裏手を5分ほど歩くと、校倉(あぜくら)造りの正倉院がある。つい数日前に約100年ぶりの大改修が終了し、再公開されたばかりである。ここには奈良時代・平安時代の宝物が収蔵されている。先ほど記したように、奈良国立博物館では第66回正倉院展が現在開催されている。

[13:20 手向山八幡宮]
749年、東大寺および大仏の建立にあたって、その守護神の役割を担ってここに神社が造られた。ひっそりとしたコンパクトな神社だが、拝殿では神職によるお祓いの最中だった。

[13:30 春日大社]
紅葉の始まった若草山を左に眺めながら春日大社に向かう。とにかくどこへ行ってもシカ、シカ、シカである。シカの老若男女が奈良公園一帯で自由奔放に過ごしている。修学旅行生がシカ煎餅をやりながらキャアキャア言って喜んでいる。外国人観光客も多い。特に中国・韓国から訪れている人がそこら中にいる。何語だか分からない言語も飛び交っている。

春日大社は768年、中臣氏(のちの藤原氏)の氏神を祀るために建立された。茨城の鹿島神宮から神様がシカ(鹿)に乗ってやってきた、ということでシカは神の使いということになる。

修学旅行といえば、生徒たちは東大寺に行くことがほとんどで、春日大社まではなかなかやってこない。そういう意味で、収益力は東大寺に比べて劣ってしまうのかもしれないが、そのためかどうかは知らないが私の嫌いな「ご祈願」「ご祈祷」をあおる営業宣伝が境内のあちこちに掲げられ、私としてはちょっと興ざめしてしまった。神社にはあまり人為的(作為的)な要素は入れて欲しくないのが私の希望。その意味で春日大社は営業色を出し過ぎている。まあ、東大寺も廻廊の中にお土産コーナーがあったりするので、そういうことは程々にして欲しい。

[14:16 近鉄奈良駅]
猿沢池の脇を通り、アーケードの商店街を抜ける。飲食店はどこも行列。階段を下りた地下に近鉄奈良駅があり、近鉄奈良線に乗車。地方鉄道でもSuicaが使えるようになったのは本当に便利である。

[14:21 大和西大寺駅]
奈良県の西のターミナル駅、大和西大寺で下車。駅前徒歩3分の近鉄百貨店奈良店に向かう。西大寺はとてもデパートが建つような繁華街ではない。

[14:30 近鉄百貨店奈良店]
昼食休憩。

[15:16 大和西大寺駅]
再始動。近鉄橿原線へ。

[15:21 西ノ京駅]
一見小さな駅だが、地下に改札があったりする。

[15:25 薬師寺]
飛鳥時代、天武天皇により建立された薬師寺。1528年の兵火により多くの建物を焼失したが、昭和に入り高田好胤管主の主導のもと、写経勧進といって、来訪者に写経を納めてもらうことによってその納経料により金堂・西塔など諸堂を復興。建物の多くは朱と緑の彩色がまばゆい。1300年前の奈良の都がどのように彩られていたかを知るには、薬師寺を歩くのが一番だ。

そして薬師寺といえば、故高田師の流れを受け継ぐ「講話」である。修学旅行生は東僧坊でお坊さんの話を30分程度聞くことになるのだが、これが面白い。私もつい立ち見で聞き入ってしまった。薬師如来・日光菩薩・月光菩薩の説明、薬師寺の由緒をユーモアを交えながら、時には生徒たちを爆笑させながら講話の世界に引き込んでいく。

「君たちは本当は薬師寺なんて興味なかったよね、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの方が楽しいからね」
「でも、今ここでしか出来ない体験を、しっかり自分の中に刻み込んで帰ってね」

あー、私が書くとこの面白さが伝わらない…。若手の27歳のお坊さんであったが、素晴らしい話術であった。薬師寺を訪れたら、是非この講話を聴くべきだ。

道路を挟んで、壁画殿へ向かう。平山郁夫画伯が30年をかけて描いた壁画が絵身舎利として祀られている。

[16:20 唐招提寺]
夕方になり、気温が下がってきた。しかし千葉に比べて日没時刻が遅いので、まだしばらく明るい。16:30受付終了のところをギリギリで唐招提寺に間に合った。薬師寺からここまで徒歩で10分程度。聖武天皇の要請に応える形で厳しい航海を乗り越え、失明しながらもようやく来日した鑑真和上。759年にその鑑真和上によって創建されたのがこの唐招提寺である。

歴史の教科書でよく見かける写真は国宝の金堂である。敷地奥には鑑真和上の御廟(お墓)も存在する。何よりも、境内の美しさは今回訪れた寺社の中で最も優れていた。苔むした庭、歴史を重ねた土塀、どこを眺めても絵になる光景というのは、そうどこにでもあるものではない。パッと気まぐれに目をやると、その構図が常に美しいのである。

時代を超えてきたということと、それぞれの時代に丁寧に修繕を経ながら大切に守られてきたからこそ、歴史の積み重ねがにじみ出る何とも言えない素敵な景観が生まれるということなのだろう。完成して数年間が美しいのではなく、完成して100年、200年、1000年、1300年と、時を重ねて円熟していくことに価値を見出されていくという途方もない時間感覚。ここはまた再訪したい。

[17:00 垂仁天皇陵]
唐招提寺を出て、夕暮れののどかな田園風景を歩く。道端にはコスモスが植えられ、池では鴨が泳いでいる。水田では稲が刈り取られたばかり。周囲を見渡すと東西南北が山々に囲まれ、その中に奈良盆地がある。いにしえの人々が、この地に都を定めようとした心情が何となく理解出来る気がするのだ。

やがて第11代天皇の垂仁(すいにん)天皇陵に到着。ここは古墳時代の前方後円墳となっている。入口には宮内庁による案内板が設置され、陵(みささぎ)の正面には鳥居が建てられている。参拝を済ませて古墳の前にじっとたたずむ。周囲は濠に囲まれているが、濠の外から見れば、陵は小高い森にしか見えない。少し離れた住宅地の中に突然、宮内庁が管理している「垂仁天皇陵飛地」があったりする。本当にこの地は古代の面影と共に生きているのだ。

[17:20 尼ヶ辻駅]
近鉄橿原線へ。

[17:26 大和西大寺駅]
ここで近鉄奈良線へ乗り換え。快速急行で一路大阪へ。

[17:56 大阪難波駅]
キタの梅田に対して、ミナミの難波は高速道路に囲まれているため、自分の居る場所が認識しづらい。だからここではいつも迷う。人の流れについて行ったら「なんばハッチ」というライブハウスに入ってしまい、慌てて外へ出る。奈良では使わなかったiPhoneのGPSをここでやっと使う。

[18:10 戎(えびす)橋]
大阪といえば道頓堀、道頓堀といえば戎橋である。グリコの看板が新しくなったということで、一応見ておく。夕方ということもあり、人でごった返している。ベビーカーに乗せられた子供が既に茶髪となっており、さすが大阪やな、と大阪気分を満喫。以前訪れた時と比べて、たこ焼き屋の盛衰も感じられ、商売の厳しさを思う。

とりあえず千日前アーケードを通り、南海なんば駅へ向かう。

大阪は鉄道駅のエスカレーターが少なかったり、なんば駅前の信号がLEDでなく電球式のままであったり、インフラの整備は東京に比べて随分と遅れているような気がした。尚、エスカレーターは右側に立つのが鉄則。ちなみに名古屋や九州は関東と同じく左側に立つ。

[18:43 なんば駅]
南海電車で関西空港へ向かう。通勤帰りの乗客で混雑しているので立ちっぱなし。羽衣あたりで次第に空いていく。途中に「蛸(たこ)地蔵」という駅があった。興味深い。

[19:20 関西空港駅]
大阪は、SuicaのようなICカード(ICOCAなど)はあることはあるが、あまり普及していない模様。磁気カードを使って改札の中に入れている客がまだまだ多い。

[20:20 関西国際空港]
帰りの便もジェットスター、片道2,990円。GK210便は意外と混んでいる。尚、夜間のフライトだけあって、さすがに「ゾンビ」は出てこなかった。夜は客室の照明を落として運行するが、そこでハロウィンをやられたら、たまったものではない。

[21:40 成田国際空港]
成田はいち地方自治体の市名なのに、そこに国際空港と名をつけるのは未だに私は腑に落ちない。羽田国際空港なんて言わないだろう。次の電車に乗るまで時間があるので、国際線の出発ロビーを散歩する。近頃開店したセブンイレブンを除き、飲食店・物販店は全て21時で営業を終了している。

[22:37 空港第2ビル駅]
成田スカイアクセス線の空港発最終に乗車。

[23:08 新鎌ヶ谷駅]
帰着。


航空運賃8,000円、電車賃4,000円、拝観料その他3,000円、以上ざっと総額15,000円程度が今回かかった総額である。何が言いたいのかというと、今この金額で京都・奈良・大阪と千葉を往復できるということなのだ。これに豪華な食事を上乗せすればもう少し料金は上がるだろうが、関西に関して私は食べ物はあまり期待していないので、むしろ全国チェーンの店でリーズナブルに済ませればよい。

いま勉強が苦手な子というのは、圧倒的に幼少期からの「体験」が少ない。そこを頭でっかちに「勉強しろ!勉強しろ」と急かしたところで、どうしても実体験に基づかない知識だから右の耳から左の耳へ抜けてしまう。

そこで、ちょっとした外出でもいいし、今回のような格安ツアーを組んで、各地を見て回るのもいい。実体験したことは、後になってその知識が吸収しやすくなってくるのだ。

頭の中に点と点を作らせる作業が旅や机上の勉強で、それらが時間を経て線や面へと繋がっていくのだ。そしてそれがその人の思考の土台となっていく。

家族の人数が多いと、旅行費用がどうしてもかさんでしまう。往復の交通費に、宿泊費に、と人数分で掛け算をするとすぐに10万円を超えてしまったりする。そうするとなかなか容易にどこかへ行こうという気持ちにはならない。

でも、そういう大きな旅ではなく、父と息子だけで、または母と娘だけで、一家を抜け出して小さな旅をしてみるのはどうだろうか。レンタカーも要らない。電車やバスを乗り継ぎ、父と子で、または母と子で、ああでもないこうでもない、と言いながら道順を探していけば、普段なかなか作れない親子の絆も深まるだろうし、子供は「僕に(私に)任せて」と大人びた姿を親に見せてくれるかもしれない。

中学生以上なら、親は子を信頼して子供同士で旅をさせることも悪いことではない。旅は確実に、子供を成長させる。観光バスに乗って集団でどこかに連れて行かれる旅よりも、自分で考えさせる旅。そんなヒントになって欲しいと思い、本稿を終える。

この記事を書いた人

kamiojuku